新しい人や場所との出会いが最高の楽しみ自転車で人生を豊かに 82歳の現役サイクリスト西田勲さん

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 サッとサドルにまたがると軽快に走り出し、ギアをこまめに切り替え、丁寧に手信号を出して走る。西田勲さんは1932年生まれの82歳でありながら、まるで元気な40代のような現役サイクリストだ。80代ともなれば運動することさえ困難な人も多いが、西田さんは身体の衰えを感じさせない。その健康、元気の秘訣には自転車が大いに役立っていた。(レポート 岡田由佳子)

40代からサイクリングをスタート

愛車、田川自転車のランドナーと西田勲さん愛車、田川自転車のランドナーと西田勲さん

 取材のために待ち合わせした大阪府東大阪市の長瀬駅に徒歩で現れた西田さん。自宅からはそれなりに距離があるが軽快な足取りだ。

 西田さんが自転車を始めたのは40代のころ。弟にサイクリングを勧められてから夢中になり、それから40年ほど経った今もサイクリングを楽しんでいる。その間、ずっと乗り続けてきた愛車は、隣町の平野区で今年1月まで開業していたスポーツ自転車店「田川」のオリジナルブランド「田川自転車」。小柄な西田さんの体型に合わせ、タイヤは20インチでフレームも小さい。しかし、持ってみると思った以上に重く、頑丈さを感じた。

 東大阪市と奈良県生駒市の境にある生駒山を上ったり、趣味の写真を撮影する場所まで移動したりと生活には欠かせない。今まで行った土地は京都府の美山町、日本アルプス、北海道、四国八十八カ所、台湾などさまざま。とにかく楽しいのが人と出会い。そして全く知らない新しいものや場所を体感できることだ。

 「自転車は工夫すれば少ないお金で人生を十分に豊かにしてくれる」と西田さん。

年代物の田川自転車は小柄な西田さん仕様年代物の田川自転車は小柄な西田さん仕様
若い頃、西田さんは妻の雅子さんとタンデム自転車でいろいろな場所に出かけていた。田辺製薬(当時)の「アスパラC」生CMに出演したことも若い頃、西田さんは妻の雅子さんとタンデム自転車でいろいろな場所に出かけていた。田辺製薬(当時)の「アスパラC」生CMに出演したことも

 西田さんは自分が訪れて気に入った場所には、妻の雅子さん(80)を連れて再び訪れるようにしている。若い頃は雅子さんと2人乗りタンデム自転車でいろいろなところに出かけていたそうだ。そうした旅先の思い出や日々の出来事は、団らんを一層楽しくさせてくれているという。

 背筋はピンと伸び、健脚ぶり、健康さには目を見張るばかりだ。これほど健康でいられるのは「自転車に乗ってきたことが大きいと思う」と話す。

生活習慣が作り上げた健康

 元気な西田夫妻は、公共サービスで人間ドックやがん検診をしっかり受けているが、決して体全部が健康体というわけではない。

2000年度ユースホステル写真コンテストで佳作入選したという京都府美山町でのサイクリング写真2000年度ユースホステル写真コンテストで佳作入選したという京都府美山町でのサイクリング写真

 驚いたことに西田さんは心臓弁膜症と前立腺異常があり、さらに黄斑変性症により片目はほとんど視力がない。弁膜症と前立腺は30年前から異常がわかっていたという。ところが大抵は苦しかったり、尿が出なかったりするつらい病気だが、西田さん自身は体に異変を感じず元気そのものだった。つい最近大きな病院で診察した時も、結局何の治療も薬の処方もなく帰されたという。

 また、雅子さんもC型肝炎ウィルスを患っているが現在まで元気に暮らしてきた。数値としては異常だったが、ずっと健康でいられるのは摂生してきた「生活習慣」が全てにおいて積み重なり、プラスに転じているからだという。雅子さんは健康の秘訣についてこう語った。

 「決して裕福ではない。逆に裕福でなかったから、お金で解決できず頭をたくさん使って節約してきた。それによって、認知症やいろいろな老化を予防できている」

自転車に乗って人と出会えるのがとにかく楽しいという西田勲さん(右)自転車に乗って人と出会えるのがとにかく楽しいという西田勲さん(右)

 楽をしないように自分の足で歩いたり、自転車に乗ったりと、体を動かしてきたことによって足腰は強い。そして食事の栄養バランスも日々考えてきたという。

 3カ月に一度は歯石取りに通い、歯の健康には特に気を遣っている。「2人とも入れ歯でなく、自分の歯は全てそろっているので食事も会話も楽しい」と西田さん。自転車で出かけた先で食べる、その土地の食事。それは自前の歯で食べたほうが一層おいしく感じる、というのが西田さんの持論だ。そういった一つ一つの生活習慣の積み重ねで築いてきた今の生活がとにかく幸せだという。

一生、現役のサイクリストでいられる

 西田さんは1945年、大阪城の隣にあった日本最大級の軍需工場、大阪砲兵工廠(こうしょう)で銃弾を作っていた。終戦前日、その工場がB-29の集中爆撃で焼かれ、真っ赤に燃えるのが東大阪の自宅からも見えたという。友人が何人も亡くなり、焼け野原となり、いろいろなものがなくなった。その時代から、必死で生き抜いてきた。

 雅子さんは「不景気と言われているが終戦直後のあの頃に比べたら、今の時代は物も職も十分すぎるほどある。逆にありすぎて生きにくいのかもしれない」と首をかしげる。若い人には物があることや生きていることのありがたみをわかってほしいという。

トップチューブに付けられたバッグは西田勲さんの手製トップチューブに付けられたバッグは西田勲さんの手製

 西田さんは今は午前中だけ縫製の仕事をし、たまにボランティアで読み書きを教えるなど充実した日々を送っている。「大切なのはお金ではない。状況が悪くても自分自身が頭を使って最大限に楽しむ。いま生きる幸せに気づき、実感すること。そして、最高に豊かにさせてくれているのは自転車。いつ死ぬかわからない年になると、もう誰からもやめろと言われないし安心です」と、大阪人らしく冗談めかして話していた。

 近年は西田さんのように40代から自転車に乗り始める人も多く、60代でも始められるほど、年齢を重ねても健康な人が多い。そういった人たちが西田さんのような「超健康高齢者世代」を築いていってほしい。

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