田中苑子のツール・ド・シンカラ2014レポート<後編>内間がステージ2勝、初山が総合9位 UCIポイントと共に貴重な経験を得たヤング・ジャパン

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 6f月7~15日の9日間に渡って熱戦が展開されたツール・ド・シンカラ(UCI2.2)が、無事に閉幕した。正直、関係者たちは「やっと終わった…」という安堵感でいっぱいだ。連日30℃を超す暑さ、お世辞にも快適とは言えない宿泊施設、慣れない食事、毎日平均2時間以上の悪路でのバス移動…。スタート時には131人いた選手たちも、最終日のゴールまで辿り着いたのは76人だった。(写真・文 田中苑子)

第7ステージ、シジュンジュンの渓流沿いからレースはスタートした第7ステージ、シジュンジュンの渓流沿いからレースはスタートした
ゴール地点で披露されたダンス。伝統的なダンスに自転車が取り入れられたゴール地点で披露されたダンス。伝統的なダンスに自転車が取り入れられた
第9ステージ、州都パダンでの周回コースにて。民族衣装に身を包んだ女性たちが観戦を楽しむ第9ステージ、州都パダンでの周回コースにて。民族衣装に身を包んだ女性たちが観戦を楽しむ

地域全体が盛り上がる一大イベント

 とくに選手たちを悩ませたのが、長時間のバス移動。主催者たちはこのイベントをスポーツを通じた観光アピール、そして政治も大きく絡んでいると説明するが、賞金総額約1118万円という大きな資金を生み出す背景の1つには、各自治体による大会の招致合戦がある。年々開催エリアが広がっているが、その一方で十分な宿泊施設を持たない自治体では、選手たちは遠く離れたホテルから、ただひたすらバスで移動することになる。さらにレースが終わっても、表彰式の前に必ず政治家たちの長いスピーチが始まるため、疲労した選手たちは長時間待たされる…。

 しかし、どのステージを見ても、スタート地点やフィニッシュ地点、コースサイドには大勢の観客たちが集まっていた。小さな子どもたちも多く、選手たちを取り囲んでは目を輝かせながらサインを求める。運営上の問題がないとは言えないが、やはり多くの人を笑顔にするツール・ド・シンカラの魅力は計り知れない。

最終、第9ステージは州都パダンの南に位置するパイナンのビーチ沿いからスタートした最終、第9ステージは州都パダンの南に位置するパイナンのビーチ沿いからスタートした
子どもたちがインドネシア国旗を振って選手たちを応援する子どもたちがインドネシア国旗を振って選手たちを応援する
沿道で観戦する小学生たち。授業を休止して、クラス単位で観戦に繰り出す沿道で観戦する小学生たち。授業を休止して、クラス単位で観戦に繰り出す

 レースは前半戦と同様に、後半戦も山岳スペシャリストのイラン人選手たちが主導権を握った。結果的にイラン勢が個人総合成績の1位から7位までを独占し、総合優勝したアミール・ザルガリ(イラン)擁するピシュガマン・ヤードにいたっては、総合1位から3位まで表彰台を独占する圧勝となった。

奮闘の日本勢 チーム一丸で好成績

 しかし、そのなかでいくつもの名勝負が生まれた。日本ナショナルチームの内間康平による第1、第6ステージでの逃げ切り優勝はその筆頭に挙げられよう。また、日本は内間の勝利だけでなく、チーム一丸となって戦い、初山翔が総合9位でフィニッシュするなど好成績を残した。総合1位から7位まではイラン勢、8位はディフェンディングチャンピオンのオスカル・プジョル(スペイン、スカイダイブドバイ)、そして初山が続いた。UCIポイント圏内となる総合8位以内には届かなかったが、評価すべき結果と言えるだろう。

第7ステージ、コトバルという小さな街を集団が通過する。住民たちは皆、沿道に繰り出して観戦を楽しむ第7ステージ、コトバルという小さな街を集団が通過する。住民たちは皆、沿道に繰り出して観戦を楽しむ
第7ステージを終え、笑顔を見せるレースリーダーのアミール・ザルガリ(イラン、ピシュガマン・ヤード)。このステージでは同チームが3賞ジャージを独占していた第7ステージを終え、笑顔を見せるレースリーダーのアミール・ザルガリ(イラン、ピシュガマン・ヤード)。このステージでは同チームが3賞ジャージを独占していた
第8ステージ、スタート前に子どもたちに囲まれる横山航太。選手たちはこれまで経験したことがないくらい毎日たくさんのサインを書いた第8ステージ、スタート前に子どもたちに囲まれる横山航太。選手たちはこれまで経験したことがないくらい毎日たくさんのサインを書いた
炭坑の街、サワルントから第8ステージがスタート。戦時中は日本が炭坑を管理したこともあったという炭坑の街、サワルントから第8ステージがスタート。戦時中は日本が炭坑を管理したこともあったという
第8ステージの1級山岳。山に暮らす人々の小さな街を通過していく第8ステージの1級山岳。山に暮らす人々の小さな街を通過していく

 第4ステージの山頂フィニッシュをステージ13位で終え、個人総合成績が9位へと上昇した初山は、最後の難関となった1級山岳を越える第8ステージでも健闘した。「総合順位のジャンプアップを狙うのは難しいとチーム内で話し合い、ステージ狙いでスタートして、チームメイトに働いてもらって最高の状態で1級山岳を上りはじめました。自分としては調子が良かったし、集中して全力で上れたのですが、イラン人選手ら先頭集団からは10kmの坂で5分ほど差を付けられてしまいました」

 その後、ゴールまで約20kmの2級山岳で、総合7位につけていたインドネシア人選手が遅れはじめたため、初山は総合成績のジャンプアップを狙い、アタックをかけてゴールまで全力で走り抜いた。結果は初山よりも下位に付けていたイラン人選手が総合順位を上げたため、初山の順位は変動しなかった。しかし「すっごいキツかった。誰がこんな道を作ったんだ」と振り返るほど過酷な山岳ステージで、最後まで諦めずに奮闘し、「やれることはすべてやった」結果として総合9位を守った。

第8ステージ、1級山岳を越える初山翔。何度も壁のような坂が現れる厳しいコースだった第8ステージ、1級山岳を越える初山翔。何度も壁のような坂が現れる厳しいコースだった
第7ステージ、面手利輝が3選手とともに逃げたが、残り30km地点で吸収され、集団スプリントの展開となった第7ステージ、面手利輝が3選手とともに逃げたが、残り30km地点で吸収され、集団スプリントの展開となった

18歳の黒枝、最終ステージで「悔しい」表彰台

第9ステージ、黒枝咲哉がステージ3位でゴール。優勝したのは、第7ステージも制したブレントン・ジョーンズ(オーストラリア、アバンティ)第9ステージ、黒枝咲哉がステージ3位でゴール。優勝したのは、第7ステージも制したブレントン・ジョーンズ(オーストラリア、アバンティ)

 最終日の第9ステージ、日本ナショナルチームは4人で戦う形となったが、そのなかで黒枝咲哉がゴールスプリントに挑み、ステージ3位でフィニッシュした。「勝者まであと1メートル届かなかった。勝ちたかったから悔しい!」と話す黒枝は弱冠18歳、大会出場選手の中で最年少だ。大器の可能性を感じさせながら、笑顔で表彰台に登った。

 今大会で日本ナショナルチームの指揮をとった浅田顕監督は、「得たUCIポイント以上に、得た経験のほうが大きかった」と総括する。「エリートカテゴリーの内間や初山は、所属チームではアシスト選手。今大会では若い選手の世話役という立場であると同時に、自分たちが活躍できるチャンスだった。最近勝ててなかった内間にとっては、勝つきっかけになったと思うし、初山の総合9位という成績も決して悪くない。思わぬ苦戦を強いられ、イラン人選手に(1~7位と)すべて持っていかれてしまったけれど、また次につながる結果だと思う」と評価する。

ステージ3位の表彰を受ける黒枝咲哉。鹿屋体育大学の1年生、18歳の選手だステージ3位の表彰を受ける黒枝咲哉。鹿屋体育大学の1年生、18歳の選手だ
個人総合成績トップ3の表彰。アミール・ザルガリを筆頭にピシュガマン・ヤードが表彰台を独占した個人総合成績トップ3の表彰。アミール・ザルガリを筆頭にピシュガマン・ヤードが表彰台を独占した

実戦を通してレースを学んだU23の選手たち

 今回の遠征は、もともとはU23カテゴリーの遠征として組まれていたが、戦力的にU23の選手たちだけで戦える実力はないので、エリートの2選手(内間、初山)が加わったという。U23の選手たちは日々、先輩選手から実戦を通して指導を受け、ステージごとにレース内容が良くなっていった。浅田監督は「それが今回の一番の収穫」と話す。「ヨーロッパで開催されるUCIネイションズカップに参戦しても、力の差が大きく、勝負のかかった展開に絡むのは難しい。その点、この大会(ツール・ド・シンカラ)は自分たちがレース展開に加われるレベル。そういう意味で、とくにジュニアカテゴリーから上がったばかりのU23カテゴリー1年生たちにはいい経験になったと思う」

 レースで疲労困憊し、終盤は体調を崩す選手も続出したが、9日間のステージレースを走った選手たちの表情は達成感がにじみ出る。アジアツアー独特の過酷さを表現するのは難しいが、苦労した分、日本ナショナルチームにとって実りある遠征になった。

ダンシングで登坂をこなす横山航太。急勾配の登坂区間が長く続いたダンシングで登坂をこなす横山航太。急勾配の登坂区間が長く続いた
横山航太(左)と黒枝咲哉(右)の18歳コンビ。最終ステージまで走り抜き、スプリンターの黒枝は3位でゴールした横山航太(左)と黒枝咲哉(右)の18歳コンビ。最終ステージまで走り抜き、スプリンターの黒枝は3位でゴールした
田中苑子
田中苑子(たなか・そのこ)

1981年、千葉生まれ。2005年に看護師から自転車専門誌の編集部に転職。2008年よりフリーランスカメラマンに転向し、現在はアジアの草レースからツール・ド・フランスまで、世界各国の色鮮やかなサイクルスポーツを追っかけ中。


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ツール・ド・シンカラ2014 田中苑子

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