日向涼子のサイクリングTalk<5>“お接待”を受けて激坂に挑戦 人情に触れ秘境を満喫した「ツール・ド・にし阿波」
四国と言えば、“お遍路さん”と、それをもてなす“お接待”という特有の文化が根付いていることで有名ですね。
「いつか自転車に乗って四国八十八ヶ所霊場を巡りたいな」なんて夢を密かに抱いていたのですが、お遍路さんをする前に、5月25日の『ツール・ド・にし阿波』という徳島県のサイクリングイベントへお招きいただき、ゲストライダーとして参加することになりました。

徳島県は「自転車王国とくしま」を謳ってサイクルスポーツの普及促進を図り、県内各地に様々な特色を生かした25ものサイクリングコースを設け、さらにコースマップの配布や、コースを活用したサイクリングイベントの開催に取り組んでいるそうです。そんな地域で開かれるツール・ド・にし阿波は、いったいどんなイベントなのでしょうか? 楽しみにしていると…刷り上がったポスターを見てびっくり! イベントの副題に「来たれ 鬼脚」と書いてあるではないですか。
“鬼脚”って、並外れた健脚という意味でしょうか? 私がヒルクライムレースにばかり出ているから鬼脚と思われちゃったのかしら…「弱ったなあ」と思いながらコースを見ると、Aコース(40km)、Bコース(60km)、Cコース(105km)、Dコース(130km)、SS(スペシャルステージ)コース(166km)―の5つが設定されていました。

ヒルクライマーとしての私を知る方の間では、「SSコースに挑戦か!」「さすがにSSは無理なので、Dコースでは?」といった予想が多かったようで、もしかすると主催者側も難易度の高いコースへの出場を期待していたのかもしれません。けれども、私自身は「初めての徳島県を楽しみたい」という気持ちの方が強かったので、自転車と遊覧船の両方から大自然を満喫でき、“ちょっと頑張る”要素も加わったBコースを選びました。
吊り橋を一緒に渡って生まれた連帯感
大会当日は、徳島県の熊谷幸三副知事と共にスタートしました。熊谷副知事はもともとサイクリストで、現在はアイスホッケーの県国体チーム監督も務めるスポーツマンです。「自転車に乗るのは久しぶりなんですけどね」と言いながら、10kmほど続く上り坂をグングン進んでいく姿は頼もしく、「さすが自転車王国!」と感心させられました。見渡す限り山だらけの環境が、鬼脚を作るのかもしれませんね。

コースの3分の1ほど進み、第1チェックポイントの「かずら橋夢舞台」で、熊谷副知事とはお別れです。記念写真に納まると、「この後は県庁へ戻らなくてはならないので、お先に失礼します」と、先ほどまでヒルクライムをしていたとは思えない素敵な笑顔を残して颯爽と去って行かれました。
副知事を見送った後は、楽しみにしていたことのひとつである「祖谷(いや)のかずら橋」へ。
この橋は、重さ約5tにもなるシラクチカズラで作られた吊り橋です。平家一族の哀話を秘める祖谷にある国指定重要有形民俗文化財で、日本三奇橋のひとつに挙げられているそうです。

その昔、この橋の辺りは断崖を通らなければ辿り着けない“秘境”だったといい、橋の周囲は木々に囲まれ、眼下には祖谷川の渓流を見下ろすことができる素晴らしいロケーションです。しかし、一歩踏み出すたびに橋が軋んでユラユラと揺れるので、私は景色を楽しむ余裕などまったくなく、へっぴり腰に。そんな姿を見て、わざと揺らして反応を楽しむ人もいれば、歩き方のアドバイスをしてくれる人、私と同じように腰が引けてなかなか前へ進めない女性など…みんなでキャーキャー騒ぎながら渡り切ると、親密さが深まったように感じるから不思議ですね。
揺れる橋で緊張感を共有すると、連帯感や恋愛感情が生まれるという「吊り橋理論」は本当だなあ、と思うほど、参加者の皆さんとの距離が近づいた瞬間でした。
橋を渡り切ったところで売られていた「でこまわし」(イモ、こんにゃくなどの味噌田楽)や「あめご(アマゴ)の塩焼き」など、名物の郷土料理を食べられなかったことは唯一、残念でした。でも「この後は“激坂”が待っている」と思い直して、再スタート。


そうなんです。距離の短いBコースと言えども、決して甘くはないのがこの大会。コースの半分を過ぎたあたりから、2km超の厳しい上り坂が控えているのです。
「かっこいい!」の声援に大満足
でも、そこはさすが“お接待”の徳島県。「勾配がキツくなってきたな…」と思った瞬間、「頑張って~!」と声援が飛んできました。見上げると、かわいらしい女子高生たちがこちらに声援を送ってくれているではないですか。
男性ライダーたちは笑顔で「ありがとう!」と答えているようですが…乱れた呼吸や必死の形相をなんとか抑えようとする男性陣のけなげな姿が、容易に想像できます(笑) 「激坂に女子高生なんて、男性にはアメだかムチだか分からないなぁ」と思いつつ、私も見栄っ張りなので、女子高生の前を通る時はクールにダンシングを決めてクリア。「キャー、あの人かっこいい!」という黄色い声援を背中に浴びて大満足でした。ただ、黒い冬用ジャケットで走っていたので男性と勘違いされたのかもしれませんが…。
激坂を終えて少し下ると現れた「大歩危峡(おおぼけきょう)まんなか」の看板が、ふたつめのチェックポイントです。ここでは、準備されたスリッパに履き替え、遊覧船に乗って大歩危峡の渓谷観光へ。船での遊覧はA・Bコースの一部になっていて、乗船料も参加料に含まれているのですよ!



船頭さんの解説によると、大歩危峡は砂岩が変成してできた砂質片岩が波状に曲がり、ひびが入って浸食されたことから生まれたそうです。遊覧船からは国指定天然記念物である含礫片岩(がんれきへんがん)も間近に見ることができました。
ユニークなネーミングの由来は、「大股で歩くと危ないから大歩危」、そして大歩危峡の先にある小歩危峡は「小股で歩いても危ないから小歩危」。周囲はまさに秘境で、大理石の彫刻がそそり立っているかのような美しい景観を目の前にして「日本にもまだこんなに素晴らしいところがあるのか」と驚かされました。

船を降りると「焼き芋アイスクリーム」が用意されており、まさに至れり尽くせり。焼き芋アイスは、あっさりしたバニラ味がベースで、後味にはほのかに焼き芋の余韻が漂います。日中は26℃にもなる夏日だったこともあって、すっごく美味しかった~!(遊覧船の乗車券がつかないC・D・SSコースには「ガリガリ君」が用意されていたそうです)
素朴な風味と味わいの「祖谷そば」を堪能

ここまでくれば、残るは平地。一気にゴールを目指します。
地図が読めない上に方向音痴な私は、初めてのコースに不安もありましたが、分かりにくい分岐では必ず誘導の方が案内してくれたので、無事に会場まで戻ることが出来ました。
会場には「讃岐うどん」と「祖谷そば」が用意され、ここでも参加者へのお接待が続きます。讃岐うどんは前日にいただいたので、この日は地元の郷土料理である祖谷そばをいただきました。
こちらのそばはつなぎを使っていないため、麺の長さは短いものの、口に入れると素朴な舌触りで、蕎麦の実の香りが広がります。滋味にあふれた蕎麦本来の風味というのでしょうか。この地域は昼夜の寒暖差が大きいことから、良質の蕎麦の実が採れるそうです。そんな素材を味わうために、つなぎを使わない祖谷そばの製法は理にかなっていると言えるでしょう。
食べ終わって一息ついた頃、C・D・SSコースの方が続々と戻ってこられたので、ゴールでお出迎えしました。私がBコースを選んだことを期待はずれと感じた方がいたかもしれませんが、早めにゴールしたことで、参加者の方々と楽しく話す時間の余裕ができて良かったです。

それに、当初は「頑張ればSSコースも行けるのでは?」と内心で思っていたけれど、実際にSSコースを完走した人たちから話を伺うと、ローテーションを回して助け合いながらの集団走行が出来ないと制限時間内の完走は難しい様子でした。
ありがたいことに、「来年も参加してほしい」と言っていただいているので、少しずつレベルを上げていき、いつかSSコースを完走できる実力を身につけたいと思っています。
“レジェンド”鳴嶋英雄会長は78歳でSSコースを走破

ここまで読んでも、まだツール・ド・にし阿波の魅力やSSコースの凄さが伝わらず、「そんな大げさな」と思った方!
SSコースには東京の名門サイクルプロショップ「なるしまフレンド」創業者の鳴嶋英雄会長が、なんとプライベートで参加されていたのですよ。“伝説の鬼脚”と言っても過言ではない鳴嶋会長が、わざわざ徳島に足を運んで挑戦したことからも、この大会とSSコースがいかに素晴らしいか、ご理解いただけると思います。
78歳にして生き生きと走り続ける鳴嶋会長の存在は、「自転車を楽しむのに年齢は関係ない」と、私たちに夢を与えてくれますね。まさに、サイクリング界のレジェンド。SSコースの感想を鳴嶋会長にうかがったところ、「きっついよ!」と笑顔で答えてくださいました。
ほらほら、そこの鬼脚さん。あなたもSSコースに興味が湧いてきたでしょう?
◇ ◇
第1回目は参加者200人からスタートしたツール・ド・にし阿波ですが、5回目の今大会は1000人超がエントリーし、四国では「サイクリングしまなみ」に次ぐ規模のイベントとなりました。大会が急成長したのは、地元のお接待の心や、自転車に対する熱い想いが参加者に伝わったからかもしれません。
大会の舞台となった阿波池田地方は、四国の中心にあることから“四国のへそ”と呼ばれ、四国4県のどこからも身近な存在だそうです。また、明石海峡大橋やフェリーなどを利用して近畿・中国地方からの往来も便利。身近に秘境を感じられる環境資源も貴重で、イベントの更なる成長や地域の発展への期待はふくらむばかりです。(日向涼子)
(写真提供:ツール・ド・にし阿波プロジェクト)

企業広告を中心に活動するモデル。食への関心が高く、アスリートフードマイスター・食生活アドバイザー・フードアナリストの資格を持つ。2010年よりロードバイクに親しみ、ヒルクライム大会やロードレース、サイクリングイベントへ多数出場。自転車雑誌「ファンライド」で『銀輪レディの素』を連載中。ブログ『自転車でシャンパンファイトへの道』( http://ameblo.jp/champagne-hinata/ )