MSN産経ニュース【忘れない~東日本大震災3年】より体一つで勝負する 津波で亡くした祖父との約束果たし競輪デビュー

  • 一覧
バンクで練習に励む猪狩雄太さん =福島県いわき市のいわき平競輪場(撮影・大橋純人)バンクで練習に励む猪狩雄太さん =福島県いわき市のいわき平競輪場(撮影・大橋純人)

 レースのクライマックスを盛り上げる打鐘(だしょう)が、ジャンジャンと鳴り響く。筋肉で盛り上がった体をさらに丸め、ペダルを踏み込むと、すり鉢状のバンクを高速で駆け抜けた。

 昨年7月に念願のプロデビューを果たし、競輪選手として迎えた3月11日。福島県いわき市の猪狩雄太さん(23)は遠征先の神奈川県平塚市にいた。弾む息を整え、東日本大震災発生時刻の午後2時46分に合わせて静かに目を閉じた。

 「体一つで勝負するってことは大変なんだな。じいちゃんはすげえよ」

 いわき市の北東部、四倉地区で漁師をしていた祖父の大河原仁三郎さん=当時(75)=は、四季を通して近海の魚を捕っていた。カレイ、タラ、サンマ…。故郷の魚はどれもおいしいが、猪狩さんは生魚の食感が苦手だった。

 刺し身嫌いな孫のため、仁三郎さんは別の魚を持ち帰り「これなら、焼いても煮付けてもおいしいぞ」と笑顔で差し出した。台所に立つ祖母の清子さん(75)は「まったく甘いんだから」と苦笑するばかり。震災前夜もそんなやりとりがあったはずだ。だが、思い出せない。「いつものように明日が来るものだと信じていたから」

◇         ◇

 地震・津波による直接死が293人に上ったいわき市。あの日、仁三郎さんは漁船を津波から守るため、ロープで固定している最中に津波にのまれたとみられている。日付が変わる頃、四倉港近くで倒れているのを見つけた。

 「亡くなっているのは一目瞭然。受け入れざるを得ない現実が目の前にあり、心の準備も何もなかった」

 猪狩さんが1歳の頃、父の寛文さん=当時(28)=が病死した。以来、母方の祖父である仁三郎さんが父親代わりになった。

 70歳を超えても体を張って漁を続ける仁三郎さんを見続けていたことで、進路も大きく影響された。高校2年の頃、初めて競輪を見て自分の体一つで勝負する選手の姿に衝撃を受け、「漁業に共通するものを感じ、知らず知らずのうちに憧れていたのだと思う」と振り返る。

◇         ◇

 競輪学校の受験は2度失敗した。日々のトレーニングで背筋や太ももが隆々と盛り上がっていく変化を見て、仁三郎さんは「人生に悔いを残すな。大学に行かせたつもりで応援するから」と見守ってくれた。

 震災後は、がれきが散乱し亀裂の入った道路で練習を繰り返した。「天国のじいちゃんとの約束を絶対に果たすんだ」。1000メートル1分24秒だったタイムは1分9秒まで縮まり、平成23年秋、3度目の挑戦で合格した。

 夏にはデビューから1年を迎える。賞金を稼ぐ難しさを実感するたび、祖父がどのような気持ちで漁に出ていたのか想像するようになった。「体張って捕って来るんだから、どんなものも食べてほしかったんだろうなって。刺し身、食べてやればよかったな」。勝負師の顔がふと和らいだ。(産経新聞社会部 石井那納子)

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

トラックレース 競輪・競輪場

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

  • タイム
    アルプデュエズ01 ディスク

    ディスクブレーキで伝統の走りを進化

  • リブ
    AVAIL ADVANCED

    走る好奇心を止めない リブの新型‟無敵”ロードバイク

  • インプレッション一覧へ

    連載