【おもい胸に 震災後の五輪へ】戻れない故郷のために 五輪に挑む渡辺一成「一事を成すために」

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五輪代表に選出され、故郷・福島について記者団の質問に答える渡辺一成 =2012年5月1日五輪代表に選出され、故郷・福島について記者団の質問に答える渡辺一成 =5月1日

 一時帰宅のたびに、心が冷える。前回来たときは何ともなかった壁が崩れ、柱は着実に朽ちていく。親子3代、食事を囲んだ居間も震災に揺さぶられ、だんらんの面影はない。

 ここは福島県双葉町。東京電力福島第1原発の事故により家族の肖像を奪われたまちだ。

 「復興というのは目に見えるものでしょう。でも、ここはそのまんま。だんだん荒れ果てるだけですよ」

 今年6月21日。郡山市で開かれる長男の壮行会に合わせ、久しぶりに立ち寄った自宅の印象を渡辺知子さん(59)はそう語った。ロンドン五輪自転車競技トラック代表、渡辺一成(28)はここで育った。

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 「何か一つのことで成功してほしい」。双葉町で畳店を経営する父の善行さん(63)はそんな願いを込めて、長女、次女に次いで生まれた男の子に「一成」と名付けた。

 息子がその道に出合ったのは高校1年のとき。地元出身の競輪選手に弟子入りした。朝4時に起き、原発周辺の通勤道路で猛特訓に励んだ。平成15年7月にプロデビュー。順調にステップアップし、北京五輪代表の座を射止めた。

 町は沸きに沸いた。銀行やガソリンスタンド、至る所に垂れ幕がかかった。北京ではチームスプリントで6位入賞。だれもが地元のヒーローをたたえた。

今年4月、自転車トラック種目の世界選手権の男子ケイリンで5位に入った渡辺一成(中央) =メルボルン(共同)今年4月、自転車トラック種目の世界選手権の男子ケイリンで5位に入った渡辺一成(中央) =メルボルン(共同)

 だが、渡辺は満足しなかった。双葉町内に土地を購入して自前のトレーニング場を作り、海外にも頻繁に遠征。22年10月には初めて実家を離れ、練習施設の整った静岡・伊豆へ。「ロンドンが終わればまた戻ってくるから」。両親にはそう話していた。

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 善行さんと知子さんは昨年4月から、神奈川県内の市営住宅に住む。渡辺はたまに2人のもとを訪れ、昨年1月に亡くなった祖父に線香をあげて帰る。改まった話はしないが、都会暮らしで疲れていないか心配してくれているのが分かる。

 一時帰宅しても、もう持ち帰る物はない。「町はどんどん悪くなる」と善行さん。それでもまた双葉に行く。「あきらめるためだ。もう戻れねえと確認するためにみんな帰るんだ」

壮行会に駆けつけた地元の人たちとのふれあいを楽しむ渡辺一成選手 =6月22日、福島県郡山市壮行会に駆けつけた地元の人たちとのふれあいを楽しむ渡辺一成選手 =6月22日、福島県郡山市

 6月22日に行われた渡辺の壮行会には町民約150人が集まった。役場機能ごと避難している埼玉県加須市から、井戸川克隆町長も駆けつけた。井戸川町長は「分断された町が、一つの目標に向かう力になった」と渡辺に感謝し、善行さんや知子さんも壇上に引き上げた。「われわれもいつか必ず、このような家族のひとかたまりを作りたい」

 最近になって渡辺は、知子さんにロンドン後のことも話すようになった。「終わればまた競輪を頑張るから」。町の人々を喜ばせたいのだろう。「優しい子なんですよ」と知子さんは言った。自分が背負って走るものは何か。「あの子はよく分かっているんです」

 ただ一事を成すために。双葉町が誇るオリンピック選手は「メダルを取って、またみんなが集まれるようにする」と誓った。

(MSN産経ニュースより)

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