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つれづれイタリア~ノ<19>偉大なるイタリアのマンマ! 自転車とともに生きるイタリア人女性のパワー

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 イタリアには、「マンマはいつまでもマンマ(La mamma è sempre la mamma)」ということばがあります。人はどんなに偉くなっても母の前で頭を下げる、ということなのです。

“生かすも殺すも”マンマ次第

若き日のダミアーノ・クネゴ(ランプレ・メリダ) がマンマといっしょにサイン書き(2004年)若き日のダミアーノ・クネゴ(ランプレ・メリダ) がマンマといっしょにサイン書き(2004年)

 実はイタリア社会では、あらゆる教育が母から始まります。特に息子に対し、愛情と鞭を交互に使うことで、社会の中で生きていく術を身につけさせていきます。夫はそっちのけで…。息子に絶対にたたき込む教訓は、次の2つ。

1)身だしなみ

 イタリア人男性は、オシャレの基本をマンマから学んでいきます。靴紐の結び方、靴の磨き方、靴下の選び方、シャツのボタンの縫い方、ネクタイとスーツの組み合わせ、歩き方、座り方、フォークとナイフの持ち方、食べ物の噛み方、礼儀作法…すべて!

2)料理

 「男として最低でも2つのパスタ料理を覚えなくちゃ!」と教えられるのがカルボナーラとペペロンチーノ。これだけを覚えれば、彼女ができた時にうろたえることなく振る舞うことができます。

今ではすっかりパパの顔のダミアーノ・クネゴ(ランプレ・メリダ、2010年) 今ではすっかりパパの顔のダミアーノ・クネゴ(ランプレ・メリダ、2010年)
伊達男マリオ・チポッリーニもオシャレの基本はマンマから学んだ?(2001年)伊達男マリオ・チポッリーニもオシャレの基本はマンマから学んだ?(2001年)

 しかし、一歩間違ってしまうと、息子を溺愛しすぎて子ども離れできなくなる強烈なマンマも少なくありません。結果として息子はマザコンとなり、ダメ男に育ってしまいます。そんなマンマだと息子の妻に対して猛烈な嫉妬を抱き、テレビドラマでよく見られる嫁姑の戦いが現実に巻き起こります。イタリア人男性と結婚を考えている女性の皆さん、彼の母を見て決断してください。…もしくは、絶対に一緒に住めない距離に避難してください。

若き自転車チャンピオンのマンマ

 2013年12月9日、ある訃報が全国紙のページを駆け巡りました。1960~70年代に活躍したイタリアが誇るロードレーサー、フェリーチェ・ジモンディの母、アンジェラ・サルヴィさんが死去。103歳でした。

 ジモンディは、1942年にミラノの隣にあるベルガモ県セドリーナ村に生まれ、1964年に22歳の若さで東京オリンピックに出場。その後は、1965~1972年にサルヴァラーニ・チーム、1973~1979年にはビアンキ・チームに所属し、ツール・ド・フランス総合優勝をはじめ輝かしい成績を残しました。

フェリーチェ・ジモンディの主な戦歴

◎ツール・ド・フランス総合優勝(1965)(※)
◎ジロ・デ・イタリア総合優勝3回(1967、1969、1976)
◎ブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝(1968)
◎世界選手権プロロード優勝(1973)
◎パリ~ルーベ(1966)、ジロ・ディ・ロンバルディア(1966、1973) 、ミラノ~サンレモ(1974)優勝
 
※ジモンディの33年後、イタリア人選手としてツール・ド・フランスで総合優勝を飾ったのが、マルコ・パンターニ。なおジモンディはパンターニと同様にビアンキ製の自転車を愛用し、ビアンキ家との親好は深い。

ビアンキのバイクを駆る全盛期のフェリーチェ・ジモンディビアンキのバイクを駆る全盛期のフェリーチェ・ジモンディ

 ジモンディのマンマがここまでスポットを浴びたのには、チャンピオンを生み出した人ということはもちろん、イタリアのマンマの鏡としても注目を浴びていたからという理由があります。

 彼女は、女性に選挙権がないなど男性社会だったファシスト時代に、病気になった兄の仕事を受け継いで、セドリーナ村で初の女性配達員になりました。密かに自転車を練習して猛スピードで配達をしていく姿は、伝説となっています。当時、スカートを履いた女性が自転車をまたぐことは社会的に認められておらず、罵声が浴びせられたほどだといいます。「女性が自転車に乗るなんてけしからん」と、彼女が村の神父さんに叱られたエピソードはよく知られています。のちに、この頑張っている母の姿を見て、若きジモンディが「自分自身も自転車に乗りたいと思った」と語ったことも言い伝えられています。

きれいなお母さんは好きですか

 昨年の暮れ、また新しいマンマがニュースになりました。「第9回ミス・チクリズモ(自転車競技)」のファイナルステージが行われ、その14人の美女たちの中に、23歳の若いマンマがいたのです。ミス・チクリズモは、優勝すればジロ・デ・イタリアのパーソナリティとして招かれたり、自転車イベントのゲストとして呼ばれたりとひっぱりだこになるコンテストです(YouTube公式チャンネルはこちら)。

ジロ・デ・イタリアといえば、美女!ジロ・デ・イタリアといえば、美女!

 イタリアでは、1994年から結婚した女性や子供を出産した女性のミスコンテストへの参加が認められているので、家族を持っているマンマたちの活動が急に活発になりました。前出の若いマンマは、ピエモンテ州ビエッラ出身のジュリア・ボリオさん。2歳の子供を持つ児のお母さんですが、173cmの身長に素晴らしいプロポーション(91、60、90)の持ち主でした。残念ながら優勝を逃しましたが、がんばる若くて美しいマンマの象徴として話題になりました。

 マンマにとどまらず、「すべての女性に晴れ舞台を!」をモットーに、2007年からは美しいノンナ(おばあさん)たちのコンテストが行われ、孫を持つ美魔女たちが、ステージの上で永遠の美貌を競い合っています。

 イタリアの女性は、いくつになっても美しく輝きたいと意欲的です。あなたも美しいマンマが好きなら、イタリアへ行くべきかもしれません。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ

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