産経新聞大阪夕刊【銀輪の華に挑み】より“マイナースポーツ”を牽引、今は指導者として魅力を伝える 「サイクルフィギュア」堀井和美さん<1>

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 自転車に乗り、サドルに立ったりハンドルに足を乗せたりとアクロバティックな技を次々と繰り広げる競技「サイクルフィギュア」で、全日本選手権を16回にわたって制し、アジアのチャンピオンにも輝いた滋賀県草津市の堀井和美さん(42)。国内では競技人口がきわめて少なく知名度も低い“マイナースポーツ”を牽引し、世界の大舞台に挑戦を続けてきたが、昨年3月に現役を引退。今は指導者として、自ら設立したクラブチームで子供たちに競技の魅力を伝える日々を送る。「いつかは五輪競技に」との思いを胸に、将来のメダリストを育てたいという夢を描く。

(聞き手・産経新聞大津支局 桑波田仰太)

◇         ◇

サイクルフィギュアの第一人者、堀井和美さんサイクルフィギュアの第一人者、堀井和美さん

――「サイクルフィギュア」という競技、初めて聞きました

 「自転車に乗ってフィギュアスケートをする、というイメージですね。直径50cm、4m、8mの3つの円が同心円上に描かれた縦11m、横14mのコートで、難しい技をいかに美しく正確にこなすかを争う得点競技。バランス感覚や集中力が求められます。BGMとして、クラシックやロックなどどんな音楽を流してもいいんですよ」

――始めたきっかけは

 「平成2年4月、龍谷大(京都市伏見区)に入学し、『何か新しいことに挑戦したいな』とぼんやり思っていて、たまたま友人と自転車部の見学に行ったんです。そしたら、女子部員が自転車に乗り、ハンドルに足を乗せたり手を離したりして走行していました。見たことのない光景でしたが、それがサイクルフィギュアだと知り、一瞬でその魅力に引き込まれてしまいました」

――“ひと目ぼれ”だったんですね

 「でも、いざ入ってみると、実は練習環境も道具も何もかも不十分でした。本来は室内競技なのに、自転車を走らせてもいい体育館がない。なので、大学構内にあるアスファルト舗装の駐車場や通路なんかで練習していたんです。人通りがあると危険なので、練習は主に夜間だったんですが、照明がないので足元が見えず、よく側溝に落ちて転び、全身傷だらけでした。それに、競技用の自転車は、ブレーキがなく専用のタイヤを装着しているなど特殊な仕様なんですが、国内では販売されておらず、部にはさびだらけの借り物が1台あるだけ。先輩と交代で使っていました」

――コーチはいたんですか

 「当時の競技人口は、男女合わせても国内で10人もおらず、もちろん学内に指導者なんていません。自転車部員は約30人いましたが、その中でサイクルフィギュアをやっていたのは競技歴2年の先輩1人だけ。この先輩から基本を教わりましたが、先輩が引退してからは、ひとりぼっちで練習に明け暮れていました」

――1人だと何かと苦労が多かったでしょう

 「補助をしてくれる人がいないので、新しい技を覚える際は、自転車に乗ってフェンスにもたれながら、何度も繰り返しました。フィギュアスケートや体操の本も、参考に読みましたよ」

――そんな環境の中で続けられたのはなぜですか

 「新しい技ができるようになったときの快感がたまらなく楽しかったんです。サイクルフィギュアには、技が約300あり、技を一つ完成させると、すぐに別の技に挑戦したくなる。快感、充実感を求め続けた結果だったのかもしれませんね」

<2>へつづく

堀井和美(ほりい・かずみ)

 昭和46年、滋賀県草津市生まれ。龍谷大文学部(京都府伏見区)に入学し、サイクルフィギュアを始めた。全日本選手権では10連覇を含めて計16回の優勝を誇り、世界選手権にも13回出場した国内サイクルフィギュア界の第一人者。現在は、平成15年に自ら設立したクラブチーム「ブルーレイクエンジェル」の代表を務め、次代を担う小・中学生選手の指導に当たる。

産経新聞・大阪版より)

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