管洋介のスペイン・サイクリスト・レポート<上>不況にあえぐスペイン 日本のチームに活躍の場を求めたプロ選手の素顔

  • 一覧

 世界3大ステージレースの1つ「ブエルタ・ア・エスパーニャ」が開催されるなど、自転車競技が盛んなスペイン。しかし現在のスペインは、欧州の経済危機の渦中にあって、非常に厳しい情勢が続いている。カメラマンで現役Jプロツアーレーサーでもある管洋介さんが、現地の若手プロサイクリストの視点を通して、スペインの自転車競技の“いま”をレポートする。

◇         ◇

マドリード中心部のシベーレス広場に立つホセ・アギラ・ベガ選手。バックは市庁舎のシベーレス宮殿(コムニカシオネス宮殿)マドリード中心部のシベーレス広場に立つホセ・アギラ・ベガ選手。バックは市庁舎のシベーレス宮殿(コムニカシオネス宮殿)

「ホセ、ちょっと話を聞かせてくれよ」

 2013年12月末、私はスペイン・マドリードの空港に降り立った。この国を訪れた機会は、すでに15回以上を数えている。2000年から2006年までのスペインにおける選手活動時代が大部分を占めるが、その後もかつての友人や選手達との再会や、仕事を目的に数回訪れている。

 スペインはベルギー、フランス、イタリアと並ぶ、言わずと知れた自転車競技大国だ。しかしギリシャの財政破綻の影響をもろに受け、スペイン経済は下降線をたどっている。経済の低迷は、言うまでもなくスポーツ業界に及び、さらにはチームの存続や選手の家庭環境にも大きな影響をもたらした。昨年、多くのスペイン人選手が日本チームへ選手活動の場を求めて移籍してきた事は、記憶に新しい。

 今回、私がマドリードで最初に訪れたのは、昨シーズン、私の所属していたチーム「Neilpryde Peugeot Lacasse Pro Cycling」と契約していたJose Aguilar Vega(ホセ・アギラ・ベガ)選手に会うためであった。彼は2012年まで3年間、スペインのUCIプロコンチネンタルチーム「アンダルシア」に所属していた選手であり、不況のあおりで存続できなくなったチームから離散した選手の一人だ。当時のチームメートには、昨年チームUKYOで走ったホセビセンテ・トリビオ、アントニオ・カベッロがいる。

筆者とホセ筆者とホセ

 ホセは2014年シーズン、再び日本のUCIコンチネンタルチーム「C PROJECT(国内登録名:クロップス・チャンピオンシステム)」と契約し、日本での選手生活を継続する。そんな彼の自宅に招かれ、スペインのこと、日本のことなど様々な話をした。

 12月のマドリードは、冷え込みが強く、数日前にはまとまった雨も降っていたという。

 ホセ「おー、エルマーノ(兄弟)!! 本当にお前が来てくれるなんて感激だよ!」

 管「来るって約束しただろ! 俺もこの日を楽しみにしていたんだ! まずは乾杯しよう」

 ホセ「今日はメキシコから(恋人の)クリスが帰って来たんだ。お前を迎えに来て、もう空港を2往復目だよ」

 アンダルシア出身のホセは現在、彼女のクリスとマドリードに住んでいる。彼女は転勤でメキシコに数カ月渡っていたらしく、偶然、私の旅程と被ってしまった。

 管「日本のサイクルファンの為に、今日はちょっと話を聞かせてくれよ。いろいろと…」

 ホセ「Vale(オーケー)!! なんでも聞いてくれ!」

快く筆者を迎えてくれたホセ。1986年生まれの27歳だ快く筆者を迎えてくれたホセ。1986年生まれの27歳だ

日本は安全でモラルが高い国

――ホセはこれまでどういう選手生活を歩んできたの?

 「最初にプロデビューをしたのがベルギーのフランダースで、その後、スペインのアンダルシアに3年間所属したんだ。スペイン、イタリア、ポルトガル、ベルギー、フランスと色々な国のレースを走ってきた。アンダルシアのチームメイトには、ブエルタ・ア・エスパーニャで活躍するハビエル・ラミレスや、マヌエル・バスケスがいただけに、僕はいわゆるアシスト選手の役目をやってきた。でも、一昨年にチームが解散してしまって、UCIポイントがなかった僕は次のチームを探すのが難しかったんだ」

――なぜ日本に来たの?

 「もともとベルギーで走っていたように、国外で走るが好きだったし、近年UCIアジアツアーの盛り上がりが目立つようになってきたから、日本のチームでUCIのカレンダーを持っているチームを探してみたんだ」

2013年シーズンのホセ2013年シーズンのホセ
ファミレスではピッツアが好みファミレスではピッツアが好み
昨年のスポンサーのマイケルと昨年のスポンサーのマイケルと

――他のアジアの国じゃなくて日本に?

 「そうだよ。なぜなら日本はとても安全なイメージがあったからね。南米のチームからも誘いはあったけれど、やはり南米は危険なイメージがあるしね」

――実際の日本での生活はどうだった?

今年はキャノンデールのバイクに乗る。墨と筆で日本語のサインを書いてくれた今年はキャノンデールのバイクに乗る。墨と筆で日本語のサインを書いてくれた

 「モラルが高い国で、とても気に入った。人々は少しシャイだけれど、親切で、食事もスペインよりずっと健康的だ。だから2014年も日本で走ろうと決意したんだ」

――日本のレースは?

 「僕がそれまで経験してきたレースとは、また違うものだったよ。ロードレースよりもヒルクライムという競技が盛んなのにはびっくりした。スペインでは上りだけの大会というのは本当に珍しい部類だよ。昨シーズンは日本のチームや、日本レースにおける流れや特徴を把握するのに苦労した。けれど2014年はいい準備ができると約束するよ」

豊かなスペインの食生活

 食を愉しむ文化が根付いているスペイン。3度の食事の間に2度、間食をするスタイルが特徴だ。ホセの家に招かれた日には、メリエンダ(軽食)をいただいた。普通はサンドイッチで済ませるところだが、この日はトマトいっぱいのサラダ、オリーブ、チョリソ、アンダルシアの母親が作ったマーマレードを乗せたチーズを用意してくれた。

チーズを刻むホセチーズを刻むホセ
彩り豊かな食卓彩り豊かな食卓
チーズのマーマレード乗せチーズのマーマレード乗せ

 スペインのクリスマスは家族で過ごすことが一般的だが、大都市では大勢の人が外食に出かける。マドリード中心部に向けて地下鉄が張り巡らされていて、電車の本数も東京並みに多い。プラットホームに立つホセは、当然ながらスペインに生きる若者であり、私が日本で世話をしていた時とはまた違った頼もしい姿を見せていた。

 ホセ「ここはスペインだぜ! バール巡りに行こうぜ!」

 スペインで食べ歩くと言えばバール巡りだ。いわゆる軽食の出来る居酒屋で、ビールやワイン、カフェにウィスキーを入れたものを1、2杯飲みながら、タパス(つまみ)を2皿程たいらげて、次のバールへハシゴするのがスペインでは一般的。私がかつて暮らしていた地中海寄りの地方では、魚介のタパスが多かったが、内陸部のマドリードでは肉や野菜をとりいれたタパスが主流だ。

 そしてスペインの代名詞といえばハモンセラーノ! 長期熟成された生ハムで、日本ではイベリコ産が主流だが、こちらではテルエル産が人気だ。こうしてマドリードの夜は更けていく――。

マドリードの地下鉄網は約280kmにも及ぶ、世界有数の規模だマドリードの地下鉄網は約280kmにも及ぶ、世界有数の規模だ
スペインは生ハムが最高!スペインは生ハムが最高!
マドリードで生ハムを楽しむならココ!という有名店。その名も「ハム博物館」マドリードで生ハムを楽しむならココ!という有名店。その名も「ハム博物館」
クリスマスのマドリード市街は、夜遅くまで人があふれていたクリスマスのマドリード市街は、夜遅くまで人があふれていた

ホセと久々のトレーニング

すったトマトを塗り、さらにチョリソをのせるすったトマトを塗り、さらにチョリソをのせる
パンにオリーブオイルをかけるホセパンにオリーブオイルをかけるホセ

 翌朝は、ホセとの待望のトレーニング。「朝食は走るエネルギーだぜ!」と、ホセは練習にも食事にも意欲的だ。トーストしたフランスパンにオリーブオイルをたっぷりとかけ、すった新鮮なトマトを塗り、そしてチョリソをのせたサンドイッチが、彼のパワーの源。さらにクランベリーのジュースと、仕上げのエスプレッソを飲んで練習に出かける。

 管「いつもは独りで走るのかい?」

 ホセ「ほとんどが仲間とグループ走だよ。隣町のアルコベンガスで合流して走るんだ」

 管「この時期はどんな感じで走っているの?」

 ホセ「(彼女の)クリスが土日休みだから、僕は月、火に強度を上げて、水は距離、木は調子をみて、金が強度、土曜日は軽く走るだけだよ。何より彼女と一緒に過ごす時間は自分にとって大事なんだ」

 マドリード郊外へは幹線道路の横に自転車道が長く延びている。週末にもなれば多くのサイクリストのグループが走っているという。

幹線道路の隣を、たっぷりとした自転車道が走る幹線道路の隣を、たっぷりとした自転車道が走る
レーサーだけでなく、さまざまなサイクリストが走っているレーサーだけでなく、さまざまなサイクリストが走っている
石畳だってある石畳だってある
筆者とホセ筆者とホセ

経済危機と、スペインの競技環境の悪化

 ギリシャ経済の破綻に端を発したスペインの不況は、国全体で4人に1人が職を失い、若者に至っては2人に1人が職を持っていない状況を招いた。スペイン人の多くが2世帯、3世帯の家庭で暮らす習慣があるおかげで、路上に暮らす人こそ少ないが、ただ経済の不況はスポーツのプロ選手、アマチュア選手にも大きな影響を及ぼしている。

 かつて私がスペインで競技活動をしていた2000年〜2006年は、プロではないエリートアマチュアにすら、年間30近いステージレースのカレンダーがあり、盛んな地域では多くのレース、それもUCIの国際レースが組み込まれていた。

 ただ、2005年の段階でプロチームが11チームあったスペインも、年々数が減って現在では4チームのみ。残っているステージレースも、かつては5ステージあったのが3ステージ、2ステージへと数を減らし、運営体制の危うさは部外者にもうかがえる。

ホセ「今スペインは本当にまずいんだ。僕がいたチームのアンダルシアも解散し、あぶれた選手を受け入れるチームもない。選手をやめても仕事がない」

「今年はクリスもバカンスで日本を訪れると言っているし、本当にシーズンが楽しみなんだ」「今年はクリスもバカンスで日本を訪れると言っているし、本当にシーズンが楽しみなんだ」

 管「それでホセの様に日本にも選手がコンタクトを取ってくるんだね」

 ホセ「そうだよ! でも英語を話せる選手は少ないから、多くの選手はチームを求めてポルトガルや南米に行っているよ」

 管「来年走るCプロジェクトに関してはどう思っている?」

 ホセ「セニョール・サトー(佐藤成彦Cプロジェクト監督)からは、レースの走りはもちろん、アンダルシアで学んできたプロの生活を、一緒に過ごす若い選手たちに教育していくよう頼まれているんだ。自分に役割を与えてもらえるチームに感謝しているよ」

(文・写真 管洋介)

<下>に続く 


管洋介
管洋介(すが・ようすけ)

think deep DEBO 所属 プロカメラマン
10歳よりサイクリングを始め、日本の島々を回り、16歳で自転車競技を始めてからはスペインをはじめ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアへ世界が広がった。夢はメキシコのプロレス記者になること。2014年はMATRIX POWER-TAG所属で競技活動を行う。
1980年2月26日生まれ A型

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

管洋介

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載