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栗村修の“輪”生相談<13>「どうしてこんなに自転車レースではドーピングが出てくるの?」

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 先日、マイケル・ロジャース選手がドーピングで陽性反応が出たとの記事を読みながら、「どうしてこんなに自転車レースではドーピングが出て、しかも、レースが終わってしばらくしてから発表されるんだろう?」と不思議に思いまして、メールさせて頂きました。

 僕は、ランス・アームストロング選手も好きですし、マルコ・パンターニ選手も好きです。確かに、ドーピングは悪いことですが、随分、時間を置いてから発表するのはどうしてなんでしょうか? 特にランス・アームストロングに関しては、かなりの期間を置いてから優勝取り消しという形になりました。ドーピングの検査にはそんなに時間がかかるものなんでしょうか? むしろ、そんなに時間が経ってから、昔のことが分かるものなのでしょうか。

 また、他のスポーツに比べて、ドーピング問題が多いように感じますが、自転車競技の場合、ドーピングがそこまで有効に働くんでしょうか?

 マルコ・パンターニ選手に至っては死んでしまいました。ドーピング周辺の問題は、使用する選手も悪いですが、メディアだとかそういうものが悪意を持って攻撃しているみたいで、自転車ファンとしては、何とも悲しいです。

 少し長くなることをご了承ください。

 自転車は昔からドーピングとの関わりが強いスポーツです。理由として考えられるのは、要するに、キツイからでしょう。極論すれば、勝敗は、どれだけ長くフィジカルへの負荷、つまり苦しみに耐えられるかで決まります。グランツールに至っては3週間苦しみぬいた選手が総合優勝です。ここはテクニック系の競技との違いですね。

 幸か不幸か、昔から痛みや苦しみをごまかす薬は存在していました。いわゆる覚せい剤です。かつて、覚せい剤の危険性が認識されていなかった時代は、覚せい剤は広く使われていたようです。日本でも、兵士や肉体労働者、文学者などが覚せい剤を使っていた時期があります。

 サイクルロードレースは生まれた当初から覚せい剤による、今でいう「ドーピング」と付き合ってきました。薬物の使用が成績に直結するからですね。スポーツ史上はじめて薬物による死者が出たのは、1896年のボルドー〜パリ間の自転車レースだったといわれています。ドーピングという概念もあやふやな時代です。その後、薬物の主役は覚せい剤からEPOなどに変わったようですが、この競技には100年以上、薬物の影がちらついてきました。ファウスト・コッピやエディ・メルクスなどの過去の英雄たちも薬物を使っていたという話があります。

鮮やかな独走でジャパンカップを勝利したロジャース。禁止薬物陽性のニュースは、レースから約2カ月後だった(早坂洋祐撮影)鮮やかな独走でジャパンカップを勝利したロジャース。禁止薬物陽性のニュースは、レースから約2カ月後だった(早坂洋祐撮影)

 ただし、昔は処分がゆるかったのも事実です。大昔はドーピングという概念がほぼありませんでしたし、選手間でも観客にとっても薬物使用=悪、という認識も弱かったでしょう。たとえば、長いスパンで見れば比較的最近の選手であるメルクスも、少なくとも3回陽性反応を出しています。ところが、1998年の「フェスティナ事件」(ツール・ド・フランスの最中に、フェスティナというチームから大量の違法薬物が見つかった事件)以降は急激にドーピングへの風当たりが厳しくなり、特に2008年のバイオロジカル・パスポート(生体パスポート)導入以降は改善傾向か横ばいにあると言われています。

 陽性反応の発表まで時間が掛かるのは、検査に時間が掛かるからです。検体を検査機関が分析するのは1日2日とはいきません。これはどのスポーツも一緒でしょう。ロジャースの場合もジャパンカップから少し時間が経っての発表でしたが、特に長くはないのではないでしょうか。

 ただし、質問者さんが名前を挙げられたアームストロングやパンターニの場合は処分の問題ですよね。これはちょっとややこしい。

 基本的に、処分を下す権限があるのは、その選手が属している連盟です。ところが、連盟の判断に対してUCI(国際自転車競技連合)やWADA(世界反ドーピング機関)などが不満を持ち、CAS(スポーツ仲裁裁判所)を舞台として争われることがあります。アルベルト・コンタドールの場合がそうですね。こうなると、どうしても長引いてしまいます。

 アームストロングの場合は、一言で言えば状況証拠を膨大に積み上げた結果です。米国反ドーピング機関(USADA)が証言などの状況証拠を大量に集めたんです。当然、時間はかかります。あのFBIさえ、いったんは諦めました。執念ですね。

今年、過去のレースでの血液サンプルの分析から、パンターニを含む多くのトップ選手が、当時EPOを使用していたという調査結果が公表されていた(砂田弓弦撮影)今年、過去のレースでの血液サンプルの分析から、パンターニを含む多くのトップ選手が、当時EPOを使用していたという調査結果が公表されていた(砂田弓弦撮影)

 パンターニに関しては、厳密にはずうっと「疑惑」の状態でした。ヘマトクリット値が高いなど、ドーピングを強く疑わせる情報がいくつかあったと。正式に陽性反応が出たのは、彼が亡くなってから10年近く経った今年のことです。これは、検査技術がドーピング技術に追いつくのに時間がかかったため、といえるでしょう。

 さて、それでは、他のスポーツと比べてどうかという問題です。

 まず、僕はもう自転車を守るつもりはありません。この競技の側に立っていた時期もあるので心苦しいのですが、もう、擁護することはやめました。サイクルロードレースは、薬物に関しては地に落ちたスポーツです。他の競技にもドーピング問題があるのは事実ですが、他のスポーツどうこうではなく、自転車界がクリーンにならないと意味がありません。

 その上で言うのですが、他の競技と比べてドーピングが突出して多いかどうかはわかりません。WADAのデータによれば、2009年のオリンピック種目の平均陽性率は1.98%。自転車競技のそれは3.32%です。どう思われますか? ただし、これはあくまで陽性率である点に注意してください。「うっかりドーピング」もあるでしょうし、逆に検査をすり抜けた選手もいるかもしれません。

 悪意ある報道があるのは事実です。中にはえん罪もあるでしょう。けれど、未だにドーピングに手を出す選手がいるのも、もっと悲しい事実なんです。命を懸けて走り続けている愛すべき選手たちがいる一方で、ジャンキーと化した選手たちが「嘘」という暴力で、真実を探るジャーナリストなどを攻撃する文化ができあがってしまっている。僕は選手として、監督として、解説者として、その両面を見せつけられました。

 僕もかつては、質問者さんと同じ考えを持っていました。けれど、悲しいですが、今はもう違います。自転車は攻撃されるべくして攻撃されているんです。これを乗り越えなければ、未来はないでしょう。

 でも、もし、もしですが、他の競技にも同じようにドーピング問題があるのならば、自転車が先頭でドーピングというトンネルを抜けられる可能性はあるかもしれません。いずれにせよ、光はその先にしかないと、今の僕は思っています。

(編集 佐藤喬)

回答者 栗村修(くりむら おさむ)

 プロ・ロードレースチーム「宇都宮ブリッツェン」監督。レース解説者。選手時代はポーランドのチームと契約するなど国内外で活躍。引退後はTV解説者として、ユニークな語り口でサイクルロードレースの魅力を多くの人に伝え続けている。著書に『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』『栗村修の100倍楽しむ! サイクルロードレース観戦術』(いずれも洋泉社)など。

※栗村さんにあなたの自転車に関する悩みを相談してみませんか?
 ml.sd-cyclist-info@sankei.co.jpまでお寄せください。

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