【故郷 被災地からロンドンへ】「娘の頑張りが伝わっていき、復興の原動力になってほしい」自転車・前田佳代乃選手の父、哲也さん

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自転車の前田佳代乃選手。「最大限の頑張りを見せたい」と話す=静岡県伊豆市(大西史朗撮影)自転車の前田佳代乃選手。「最大限の頑張りを見せたい」と話す=静岡県伊豆市(大西史朗撮影)

 700キロを隔てた異郷の地で思いがけない言葉を聞いた。東日本大震災で1008人が死亡・行方不明となった宮城県南三陸町へ兵庫県西宮市役所から派遣された前田哲也さん(48)。高台移転の説明会へ臨んだ公民館で年配の女性からこんな言葉をかけられた。

 「気持ちのいい話題は久しぶりです。ありがとう」

 鹿児島県の鹿屋体育大学4年の長女、前田佳代乃選手(21)がロンドン五輪で自転車スプリントの代表になった。屋内競技場で競う種目。日本女子のメダルはまだない。哲也さんは町職員として接する住民から感謝の言葉をもらう。「おめでとう」ではなく、「ありがとう」。

 「4月に派遣されてから緊張の連続だったが、肩の力が抜け、意欲が湧いた」

 同僚で、祖父を失った26歳の女性は「心底喜べることがない中、同世代が頑張る姿に励まされる。前田さんが来てくれたことで五輪を身近に感じる」と話す。

 哲也さんはプレハブの仮設庁舎の大部屋に、娘のサインが入った白地に赤のユニホームを飾った。同僚たちは、隣に模造紙で手作りした横断幕を掲げた。

 《祝! ロンドンオリンピック出場!!》

 佳代乃選手は、床下の地面が割れ全壊した自宅の前で両親と途方に暮れた冬の朝を思いだす。平成7年の阪神大震災。4歳だった。

 忘れられない。西宮市だけで1146人の命が失われた。家族は無事だったものの、震災後の1カ月間、車や体育館、親類宅で避難生活を送った。

 「震災のつらさを知っているのに、被災地に対し何もできずにもどかしかった」

 余震の続く被災地で働く父が心配だ。しかし、誇らしくもある。小学2年のときに競技を始めたきっかけは、市役所の自転車部に所属する父のペダルをこぐ姿に憧れたからだった。

 「父から南三陸の人たちが応援してくれていることを聞き、逆に私の方が勇気をもらった。ロンドンで最大限の頑張りを見せたい」

 17年前のあの朝、哲也さんは寝間着にコートを羽織り職場へ向かった。帰宅できたのは1カ月後、仙台市からの派遣職員が仕事を代わってくれたためだった。

南三陸町に寄贈された娘のユニホームを手にする前田哲也さん。自転車代表選手らのサインが書かれている=宮城県南三陸町役場(玉嵜栄次撮影)南三陸町に寄贈された娘のユニホームを手にする前田哲也さん。自転車代表選手らのサインが書かれている=宮城県南三陸町役場(玉嵜栄次撮影)

 「今度は同じ役割を果たす番だ。被災した同僚には少しでも長く家族と過ごしてほしい。娘の活躍がわずかでも南三陸を勇気づけられるのなら、親としてこれほどうれしいことはない」

 哲也さんは西宮市の水道局工事課から南三陸町の復興事業推進課へ技術参事として来ている。総務省によると、全国の自治体から1407人の職員が被災地へ派遣され、多くは哲也さんのように技術系職員だ。

 町の高台移転は緒についたばかりで、数年がかりの事業となる。住民は集団移転を待てず隣の登米市へと町を離れていく。

 哲也さんは「震災から1年4カ月たつが、娘への応援は、それだけ明るい話題が少ないことの裏返しでもある。住民にも、私たち職員にも焦りがある」と表情を引き締め、こう続けた。

 「復興は元に戻すことではなく、発展でなければならない。この町に愛着が湧いてきた。任期を終えても、いつまでも町にかかわり続けたい」

 派遣期間は9月末まで。五輪は南三陸で応援する。「娘の頑張りが人から人へと伝わっていき、復興の原動力になってほしい」。娘にも、そう伝えてある。

(MSN産経ニュースより)

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