ツール・ド・フランス2012「ヴォクレールと新城の走りに感銘」 砂田弓弦さん、24年目のツール・ド・フランスを振り返って

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 2012年のツール・ド・フランスは、ブラッドリー・ウィギンス(イギリス、チームスカイ)の総合優勝で幕を閉じた。「Cyclist」でも毎ステージ、フォトグラファー砂田弓弦さんの写真とともにレポートをお届けしたが、レースを席巻した“スカイ流”の戦術、ステージ3勝を挙げたペテル・サガン(スロバキア、リクイガス・キャノンデール)の鮮烈デビュー、新城幸也(ヨーロッパカー)の目を見張る成長ぶりなど、様々な時代の変化を感じさせるツールでもあった。
 1989年以来、毎年ツールを取材し続けている砂田さん。レースの現場を最も間近で見続けてきた砂田さんの目に、今年のツールはどのように映ったのだろうか。24年目のツールを“完走”し、日本に帰国中の砂田さんに話を聞いた。

◇     ◇

 ――今年のツール取材で、いちばん印象に残ったシーンは何ですか?

磐石の走りで今年のツールを制したウィギンス磐石の走りで今年のツールを制したウィギンス

 レースとしては、今年のジロと同様に総合上位選手による激しい攻防が少ないのがちょっと残念でした。アルベルト・コンタドールやシュレク兄弟が抜けた穴の影響があったと思いますが、ウィギンス打倒に燃える選手たちのアタックが少なかったことは否めません。
 ウィギンスの勝ち方は、山岳での区間優勝がなくてタイムトライアルで勝って差を広げるというもので、1991年から5連勝したミゲール・インドゥラインの勝ち方に似ていますが、当時のインドゥラインのライバルたちは、もっと攻撃的だった印象があります。ウィギンスが所属するスカイのチーム力が非常に強いというも理由の一つに挙げられます。
 そうした「残念な」部分に対し、2区間に渡って優勝したトマ・ヴォクレール(フランス、ヨーロッパカー)の走りは強く印象に残っています。昨年のように総合争いに加わることは出来なかったのですが、区間優勝と山岳賞を狙う闘志あふれる走りは見る人を魅了しました。いくらツール・ド・フランスが国際的レースとはいえ、あくまでもフランスのレースです。彼の活躍は母国で大きく報道されていました。またそれを助けた新城幸也の活躍は、日本のファンを感動させたと思います。

 
 ――今年のツールで、選手を撮影した写真の中から一番お気に入りのカットを見せてください。また、その時の状況なども教えてください

2012年7月18日、第16ステージ、猛暑の中、ペイルスルド峠で水をかぶりながら逃げ続けるトマ・ヴォクレール

≪2012年7月18日、第16ステージ、猛暑の中、ペイルスルド峠で水をかぶりながら逃げ続けるトマ・ヴォクレール≫

 
 ――チームスカイの戦いぶりについて、間近で見た印象はいかがでしたか?

チームスカイは非常に機能的なレースを見せたチームスカイは非常に機能的なレースを見せた

 毎回、同じ選手が同じ状況のときに前に出て来て集団をコントロールするところなど、各選手の仕事分担が明確で、フランスのマクドナルドよりもずっとマニュアル化されているような感じを受けました。
 働きの点では各チームの手本となるべきかもしれませんが、実際のところ、多額のバジェットにものを言わせていい選手を獲得しての結果という部分があるのも否めません。それがはたして自転車競技を面白くしているかどうかは別問題です。
 また、「今、プロトンを引っぱって前を追いかけている。厳しい場面だから、横に来ての撮影はやめてくれ」とスカイの選手から言われました。僕らの仕事にまで干渉する選手が出たことは初めてのことで、驚かされました。選手あってのレースだけど、これは越権行為だと思っています。

 
 ――昨今のツールはグローバル化が進んできたと言われます。現地のレース進行や観客、取材現場で、変化してきた点、また以前と変わらない点などを教えてください

 レースの状況を伝える無線放送「ラジオツール」や、プレス向けのコミュニケ、さらに発表や会見の通訳などに、これまで以上に英語が用いられるようになりました。自転車の世界ではフランス語が共通言語なのですが、その部分に英語が入って来て併用されるようになりました。これだけレースが国際的になり、出場選手が各国に渡っている今日、必然の姿なのかもしれません。

第6ステージ、スタートに向かう昨年の優勝者エヴァンス第6ステージ、スタートに向かう昨年の優勝者エヴァンス

 観客に関して言うと、オーストラリアからの人たちが非常に増えた印象を持っています。昨年の優勝者が同国のカデル・エヴァンスですから当然のことです。ランス・アームストロングが全盛の頃は、やはりアメリカからの人が増えました。
 それから警察の道路交通規則遵守の強化が目につきました。僕はオートバイでレースを撮影しているので直接は関係ありませんが、レースの中にはいないクルマに対して、スピード違反や飲酒運転などに厳しい取り締まりが何度も行われたそうです。実際にレースから除外された車両もありました。
 数年前から、チームカーを運転する監督に対してシートベルトの着装を義務づけたり、テレビや携帯電話の使用を慎むように求めていたのですが、今年はさらに規制が強まったということです。
 さらにオートバイに乗るフォトグラファーに対して、いわゆる原付用の軽量ヘルメットもフランス警察は数年前から禁止するようになりましたが、これは他の国では見られないことです。
 ことツール・ド・フランスとなると、注目が高いせいか、こうしたことに対して厳しくなってきているのです。
 一般的にはあたりまえのことですし、交通のマナーを守ることは良いことかもしれませんが、実際のところスタートのヴィラージュに行けば普通に地元のワインが振る舞われているし、仕事のために急いで運転せざる得ない部分もあります。
 「ワインが生活に欠かせない」「自転車レースが非常に盛んな国」フランスに、これまで自転車レースであれば大目に見られた行為が許されなくなりつつあり、一般社会の規則が適用され始めたのです。これも一つのグローバル化だと思います。
 取材する側にはいっそうの注意が必要となります。

 
 ――今年は新城選手の活躍が印象的でしたが、彼の走り方や働きぶりに変化は見られましたか?

第4ステージで逃げ集団の新城、昔この近くに住んでいたのだととご機嫌第4ステージで逃げ集団の新城、昔この近くに住んでいたのだととご機嫌

 以前から、彼は非常にタフな選手だという印象を持っています。すごく厳しいステージの翌日でもけろっとしていたり、長いステージレースのあとでも余力が残っているようなところです。
 2010年はジロ・デ・イタリアとツールを走っていますが、そのあとブエルタ・ア・エスパーニャも走りたいと言ったくらいです。さすがにそのときは老婆心で反対しましたが、とにかく、疲労に対して非常に強いという気がしています。
 骨格もがっしりとしており、今回大活躍したサガンに似ていると思います。日本人離れしているそんなところが、もしかすると関係あるのかもしれません。もちろんこれはまったく科学的な根拠はありませんが。
 その2010年のジロで区間優勝出来るチャンスが2度ありましたが、彼の経験不足と、かっとなってアタックしてしまうところがあると感じました。後者は、負けず嫌いという点で逆に良いところなのかもしれませんが、もっと冷静に回りの選手を見ていればより大きなチャンスになったはずで、残念に思いました。
 とにかく僕の仕事もまったく同じですが、経験は大きな財産です。彼自身、数年前とは経験が違うと言っていましたが、それが今の大きな力となっていることは間違いないでしょう。プロトンの前に上がって行くのも、以前よりもずっとスムースになったと言っています。

 
 ――新城選手にまつわる何か面白いエピソードがあれば教えてください。

第18ステージ、区間優勝を狙って逃げに乗った新城幸也第18ステージ、区間優勝を狙って逃げに乗った新城幸也

 新城選手は性格が朗らかで顔を合わせると、いつも笑顔で挨拶したり、言葉を交わしてくれる好青年です。そしてそれはレース中でも同じです。目が合うと、必ずニコッと笑顔になります。
 ただし、第18ステージで複数の選手たちと逃げたときは状況が違いました。僕自身、メンバーを見ていると、逃げが決まる確率は少なくない、そしてそれが最後まで成功したら、スプリント力のある新城に区間優勝のチャンスがあるのではないかと考えていました。
 そのとき、長時間の逃げにもかかわらず、そういう笑顔になるシーンは全くなくて、「今日はいつもと違う」と感じました。あとで聞いたら、本人もこの逃げは決まると思っていたそうです。
 プロトンはこの逃げを見逃すのではないかと思ったのですが、区間を狙う選手のチームがスピードアップして、結局この逃げはつぶされました。やはり、ツール・ド・フランスの勝利は、非常に難しいということです。

 
 ――今回の取材で、失敗談や苦労した点、嬉しかったことなど、取材の裏話があれば聞かせてください。

 取材へ出発する前の準備は入念に済ませました。おかげで大きなトラブルはありませんでした。これまでの経験から、何を忘れてはいけないか、何を持って行く必要がないかといった基本的な準備、さらにオーガナイザーとの交渉、周囲との協調姿勢など、取材のツボが分かって来たのです。新城選手のところでも言いましたが、経験はお金では買えない大きな財産なのです。
 今回はベルギー、イタリア、フランスの3人のオートバイ運転手を雇いました。この中でイタリアのオートバイの運転手がカワサキを使っているのですが、基本的に2人乗りのことはよく考えられていないオートバイなので、撮影にはやはりBMWが最高だということを再確認しました。カワサキとBMWでは、後部座席での疲労がかなり違います。
 また、そのカワサキで、スピードを落とすための段差を運転手が見ておらず、時速100kmくらいで突っ込んで、サイドバックの1つが吹っ飛びました。後ろからプロトンが来ていたらまずい状況だったのですが、幸い来ていないときに発生したので大事には至りませんでした。中に入っていた新品の300ミリのレンズも無傷でした。
 今回、キヤノンの新しいカメラとレンズを持参しました。担当の方が、ツール・ド・フランスに合わせてぎりぎりまで頑張ってくださって、入手が難しい新製品を回してくださいました。デジタル画像はすばらしくキレのいいもので、やはり最新の機種は良いと痛感しました。
 ただし、まったく触っていないカメラをレース現場に持って行ったので、操作に戸惑ったことも事実です。そして、どうしても改善希望点が出てくるもので、帰国後はすぐにキヤノンに行ってそれを報告しました。
 それから、これまで何年もオートバイの後部座席に乗って撮影してきましたが、そのオートバイのカテゴリーがこれまで最高のものではなかったのです。しかし、今回のツールでは、最高カテゴリーがあてがわれました。カテゴリーによって、取材中に認められる権限や、レース中の位置取りなどが異なってきます。
 ツール・ド・フランスに集まって来るフォトグラファーの数は非常に多く(登録は200-300人)、その中からオートバイに乗れる人は限られてきます。まずは、世界的通信社が優先され、そして国別のプロチームの数によってフォトグラファーの国籍が問われます。もちろん、写真の発表媒体が基本にあっての話です。こうした条件の中で、12台しか枠のないオートバイに日本人のフォトグラファーが乗るというのは、例外中の例外ということになります。日本のみならず、いくつもの国のメディアに写真が掲載されているという部分が評価していただけたのですが、ここに来るまでに24年間かかったこともあり、ある種の達成感がありました。だから、いつもは最終ステージが終わったら捨てるフォトグラファー用のビブも、記念として初めて持ち帰ってきました。

 
 ――今回、レースの景観などを写した写真で、一番のお気に入りのカットを見せてください。また、その場所の状況なども教えてください。

2012年7月14日、第13ステージ、南仏特有の巨木の並木道でエスケープグループを追いながら走るプロトン

≪2012年7月14日、第13ステージ、南仏特有の巨木の並木道でエスケープグループを追いながら走るプロトン≫

 
 ――欧州プロ・ロードレース取材の専門家として、今後、日本のサイクルスポーツファンにどのような写真やメッセージを伝えていきたいですか?

 きれいな写真や面白い写真を大きく使う海外の雑誌が幅を利かせるようになってきているのですが、自分にとって良い写真とは、メッセージ性のあるものです。僕の写真はメディアの中でも特に雑誌に用いられることが多いのですが、それをいつまでも本棚に置いておいてもらいたいというのが本望です。
 「きれい」「面白い」だけの写真では、いずれ捨てられるものになると思います。仮に多少、構図やピントが甘いとしても、もしそこにストーリー性があるならば、それを優先して使用たいと思います。そういうところを目指して行きたいと思います。

 

砂田弓弦さん砂田弓弦さん

プロフィール

砂田弓弦(すなだ ゆづる)

1961年9月7日、富山市生まれ。大学卒業後にイタリアに渡り、1989年から自転車競技の取材・撮影に携わっている。現在はミラノにオフィスを構えており、世界のメジャーレースで、オートバイに乗っての撮影を許されている数少ないフォトグラファーの一人となっている。イタリア、フランス、イギリス、オーストラリア、アメリカ、台湾、日本など多くの国のメディアに写真を提供しているが、ヨーロッパの二大スポーツ新聞であるフランスのレキップ紙やイタリアのガゼッタ・デッロ・スポルト紙にも写真が掲載される。さらに世界的に有名なフレームメーカーやパーツメーカーなど多数の企業の広告にも写真が使われている。日本では『CICLISSIMO』誌(2006年から八重洲出版)の監修者も務めている。著書に『自転車ロードレース教書―イタリア・ロードレースにまなぶ』(1992年、アテネ書房)『イタリアの自転車工房 栄光のストーリー』(1994年、アテネ書房)、『フォト! フォト! フォト!』(2001年、未知谷)『GIRO(ジロ)―イタリア一周自転車ロードレース写真集』(2002年、未知谷)『イタリアの自転車工房物語』(2006年、八重洲出版)、『7月の輪舞』(2009年、八重洲出版)、『薔薇色の輪舞』(2010年、八重洲出版)、『壁のないコロシアム』(2011年、八重洲出版)、などがある。

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