「さいたまクリテリウム by ツールドフランス」誘致の舞台裏<上>「ASO社長に会えた時点で『決定』だった」 関係者が語った誘致のいきさつ 

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 さいたま市のさいたま新都心で10月26日に開かれた自転車国際レース「さいたまクリテリウム by ツールドフランス」。清水勇人市長は「来年もやりたい」と意気込むが、誘致の裏にはどんな苦労や思いがあったのか。現場を指揮した、さいたまスポーツコミッション副参事、星野正さん(52)に聞いた。 (産経新聞さいたま総局・安岡一成)

「ツール・ド・フランス」誘致に成功した「さいたまスポーツコミッション」の星野正さん(右)ら実行委員会メンバー「ツール・ド・フランス」誘致に成功した「さいたまスポーツコミッション」の星野正さん(右)ら実行委員会メンバー

 ――PR不足や台風の接近が心配されたが、当日は20万人が楽しんだ

 「周知不足の面もあったが、市発足以来、最も『さいたま市』の名前がメディアに出た。それだけ、世界に発信もされたと思う」

 ――誘致の背景は

 「清水市長はスポーツによるまちづくりを進めている。スポーツの力でさいたま市の経済を活性化し、観光面での弱さを補うというもの。平成5年にJリーグが始まったとき、浦和市(当時)はスポーツ企画課を教育委員会ではなく政策局においた。スポーツを都市経営に使う土壌は以前からあった」

さいたま新都心を駆け抜けた選手たち(三尾郁恵撮影)さいたま新都心を駆け抜けた選手たち(三尾郁恵撮影)

 ――誘致のいきさつは

 「昨年5月にスポーツコミッションの副会長で早稲田大学スポーツ科学学術院の原田宗彦教授が、カナダで開かれた世界のスポーツ組織が一堂に会する会議で、ツール・ド・フランスを主催するASO(アモリ・スポル・オルガニザシオン)社と接触し、彼らが世界進出したい考えを持っていることを知った。原田教授から連絡を受け、すぐに動いた」

 ――競合都市はなかったのか。勝因は

 「もしASOが世界で公募入札して、香港やシンガポールが相手だと多分勝てなかった。清水市長が直接、ASO社長と会ったからではないか。しかも、情報をつかんですぐに動いた。ヨーロッパではトップ同士が会う意味が、日本よりも大きい。社長に会えた時点で『決定』だったし、向こうも市長が来た意味を大きくとらえたのでは」

(左から)コスタ、フルーム、サガン。20万人がレースを楽しんだ(左から)コスタ、フルーム、サガン。20万人がレースを楽しんだ

 ――本場を視察して感じたことは

 「世界観や本質が、市の『スポーツによるまちづくり』そのものと感じた。選手にとっては競技で、国民にとってはお祭り。自転車の集団は一瞬で通り過ぎるが、それを家族や仲間で応援するため、沿道でバーベキューなどを楽しみながら待つような。これはそのまま持ってこられると直感した。当日はサイクルフェスタや『さいたまるしぇ』も盛り上がったが、競技に興味のない人も一緒に楽しめるツールの本質を具現化した」

 ――協賛金の最低額を100万円から5万円に小口化したのもその一環

 「100万円は出せない企業や、個人の方が協力を申し出るようになったため小口化した。本場と同じく、できるだけまちぐるみで、たくさんの市民が関われるようにした」


産経新聞・埼玉版より)

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