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山下晃和の「ツーリングの達人」・東北編<後編>国道を外れると現れた景色、呑み込んだ言葉「頑張って」 プレハブ商店街の笑い声が示した未来への道

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 モデル業を中心に活躍しながらトラベルライターとしても活動し、世界19カ国の自転車ツーリングをしてきた山下晃和さん。そんなサイクリストでもある山下さんが、東北を自転車で旅することになった。山下さんが見た東北2日間のレポート後編をお伝えする。

街へ踏み込んで初めて目に見えた津波の恐怖

 僕の目の前には流された大船渡の姿があった。

想像を超える被害だった陸前高田市の国道沿いに現れた団地の跡想像を超える被害だった陸前高田市の国道沿いに現れた団地の跡

 今まで国道を走っていたため、見えていなかった景色。中が抜けてしまった空っぽの建物…よくよく見ると、階段は残っていた。建物の上部、屋上に近いところには「津波到達点」と書いてあった。逃げようと思っても、到底逃げられなかっただろう。恐怖感に押しつぶされそうになり、色々な想像を頭から押しのけて無理やり現実に戻ることに努めた。

ちょうど屋根からすぐ下にある壁に黒い線があるのが津波の位置。恐ろしいちょうど屋根からすぐ下にある壁に黒い線があるのが津波の位置。恐ろしい
あまりにも衝撃的な津波の跡。一階の部分が柱を残して、流されてしまったようだあまりにも衝撃的な津波の跡。一階の部分が柱を残して、流されてしまったようだ

 ピーピーピーッという作業車の甲高い音が、曇り空に鳴り響いていた。黒いビニル袋には砂が入っているのだろうか、沿道に並べられていた。道はクルマが行ったり来たりしていたが、自転車や歩行者へ向けた立ち入り禁止の看板があった。僕は、旅館「菊水館」に戻ることにした。

 途中プレハブが並んだ商店街を通ると、開いているお店はまばらなものの、人々の笑い声が聞こえてきた――ほっとした。東北の人たちがすでに前を向いて歩いていることを再確認できた瞬間だった。

プレハブで建てられたプレハブ商店街。床屋、居酒屋、自転車屋、ラーメン屋などがあったプレハブで建てられたプレハブ商店街。床屋、居酒屋、自転車屋、ラーメン屋などがあった

 次の日の朝。外は相変わらずどんよりとした曇り空が広がっていたが、雨は降っていない。タイヤに空気を入れ、荷物をくくり付けた。

旅館「菊水館」の前で自転車とともに記念撮影。綺麗で快適なのでぜひ利用してもらいたい旅館「菊水館」の前で自転車とともに記念撮影。綺麗で快適なのでぜひ利用してもらいたい

 宿の人に挨拶をした後、入り口で北海道から来たという作業服姿の男性2人に話しかけられた。気仙沼まで向かう道の途中にある吉浜というところで復興作業をしているらしい。大船渡へ来る途中に通った場所だ。菊水館には、北海道や東京からの仕事で泊まりに来る人が多いという。「お気をつけて」という言葉をかけてもらった後、僕は「復興作業頑張ってください」という言葉を呑み込んで、ペダルを漕ぎ出した。

 海沿いを南下し、その後、山側に行く。途中、陸前高田を通った。ここは甚大な被害を受けてしまったため、最初は町に入ったというよりは、工事現場に迷い込んでしまったのではないかと錯覚したほどだった。

「奇跡の一本松」の不思議な生命力

まだ海の近くまでは立ち入ることが出来なかった。作業車が行ったり来たりと騒がしかったまだ海の近くまでは立ち入ることが出来なかった。作業車が行ったり来たりと騒がしかった
ところどころ黒い袋で覆われた信号があった。復興への道は長いところどころ黒い袋で覆われた信号があった。復興への道は長い

 「奇跡の一本松」という案内標識が見えたころから陸前高田だったらしい。標高が低いこの地域は、町ごと流されてしまっていた。建物もお店もほとんどなく、残っていたとしても中は流されていた。道の駅「高田松原」は、よく見ると崩れている箇所があり、目の前の駐車場はトラックだけが停まっていた。ここも立ち入り禁止だった。
 
 仙台まで繋がっている国道45号線、通称、東浜街道の橋の側道を走っていくと、自転車一台分のような道になり、奇跡の一本松まで続いていた。松はくるくると枝を曲げ、東北の曇り空に力強くそびえていた。その後にある建物がガタガタに崩れているのを見ると、この松だけ残ったことが不思議でならない。松のそばには、「この一本松が人々に勇気を与えたので、今も当時のまま残している」という説明が書いてあった。

 山側まで自転車を走らせ、土埃が舞う陸前高田の町を後にした。トラックやクルマの往来が激しいので、自転車乗りは細心の注意を払わなくてはならない。

 道は徐々に上り坂になり、再び緑が多くなっていく。海を背にして走り出すということは、山間に入っていくことも容易に想像できた。今回は、それほど荷物が多くなかったので良かった。もし、中南米を旅していたときと同じ荷物を積んでいたら、かなり困難な旅路になっただろう。左手には大船渡線。線路に沿いながら走るが、鉄道自体はまだ走っていなかった。

オーストリッチの大容量フロントバッグ。雨が強くなったら黄色いレインカバーを付けたオーストリッチの大容量フロントバッグ。雨が強くなったら黄色いレインカバーを付けた
フロントバッグの中身。レインウェア上下、旅ノート、ペン、岩手のパンフレット、お財布、ハンカチフロントバッグの中身。レインウェア上下、旅ノート、ペン、岩手のパンフレット、お財布、ハンカチ
ジンバーレのキャンバス地のサドルバッグ。こちらも大容量。各所に革パーツがあってカワイイジンバーレのキャンバス地のサドルバッグ。こちらも大容量。各所に革パーツがあってカワイイ
左上から時計回りに充電器などを入れる防水バッグ、イーグルクリークの化粧ポーチ、ESSのサングラス、レジスタントの工具袋、オーストリッチの輪行バッグ、着替えを入れたグラナイトギアの防水バッグ左上から時計回りに充電器などを入れる防水バッグ、イーグルクリークの化粧ポーチ、ESSのサングラス、レジスタントの工具袋、オーストリッチの輪行バッグ、着替えを入れたグラナイトギアの防水バッグ

 頬にポツっと雨粒が当たり、まもなく激しい雨になった。バスが通った後のタイヤから上がる水しぶきが沿道まで飛ぶのを見て、雨宿りをしようと決意した。軒先に自転車を停め、サドルバッグに入っていたレインウエアを出した。気温がそれほど低くないのがせめてもの救いだ。

 しばらく雨宿りをして東北の空気を吸っていたかったが、新幹線の時間が間に合えば、平泉の中尊寺金色堂だけは見ておきたい。30分後、雨の中を走行することにした。

旅の終わりに差した太陽の光

雨がどしゃ降りになったので、思わず軒下に入りレインウエアを着た。ツーリングに雨具は必携雨がどしゃ降りになったので、思わず軒下に入りレインウエアを着た。ツーリングに雨具は必携

 国道343号線の笹ノ田峠にある美しいループ橋を漕ぎ進むと、息が上がった。その分、木々の緑から放たれる夏の残り香が、鼻にスーっと入ってきて心地良かった。自転車で旅をしていると、人よりも多く空気を吸う気がする。なんて贅沢なんだろうか。

 平泉に着いたのは、サイクルメーターが総距離90kmを示していたころ。修学旅行で来ていた学生たちの中を、レインウエア姿で上っていくサイクリストがひとり。観光地ならではの賑わいがあった。世界遺産中尊寺金色堂で、今後の東北の未来を、そして鎮魂の想いを込めて祈った。

一ノ関駅に着く頃には晴れ間が見えた。輪行バッグに自転車を入れ、帰路につく一ノ関駅に着く頃には晴れ間が見えた。輪行バッグに自転車を入れ、帰路につく

 入り口の食堂で遅い昼食に冷麺を堪能した後、駅へと走る頃には太陽が出ていた。2日間で初めて出た太陽の光。「がんばろう東北」という旗が並んでいる道を走り、国道へと戻った。一ノ関駅までもうすぐだ。
 
 自転車で旅をすることによってその土地のことを深く知り、そして人と出会い話をする。ニュースで報道されていることだけでなく、本当に生活している人の声を聞くことができた。また来年ここを旅したら、きっと、もっと復興した東北になっているのだろう。重い輪行バッグを抱えつつ、そんなことを考えながら新幹線のホームを歩いた。

山下晃和山下晃和(やました・あきかず)
ファッションモデル。タイクーンモデルエージェンシー所属。雑誌、広告、WEB、CMなどのモデルをメインに、トラベルライターとしても活動する。雑誌の「Bicycle NAVI」(Voice Publication)、「GARRRV」(実業之日本社)などで連載ページを持つ。東南アジア8カ国と、中南米11カ国を自転車で駆けた旅サイクリストでもある。それらの旅の日記をもとに2013年8月、自身初となる著書『自転車ロングツーリング入門』(実業之日本社)を出した。

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