title banner

つれづれイタリア~ノ<12>イタリア籍のロードレースチームは10年で激減 それでもイタリア人が世界で成功を収める理由は?

  • 一覧

 メルカトーネ・ウーノ、サエコ、アクアサポーネ、ノビリ・ルビネッテリエ、ファッサ・ボルトロ…2004年のイタリアには、トップ選手が活躍する強豪自転車チームが数多くありました。ところが、たった10年で状況が一変しました。2014年のUCIワールドツアーに所属するイタリア籍のチームはたった1つになりそうです。2013年にリクイガスを引きついだキャノンデールレーシングチームが、イタリアからアメリカ籍に変わる予定だからです。

1994年のミラノ~サンレモで並んで走るイタリアチームの選手。奥からジャンニ・ブーニョ(ポルティ)、マリオ・チポッリーニ(メルカトーネ・ウーノ)、クラウディオ・キャプッチ(カレラ・タッソーニ)1994年のミラノ~サンレモで並んで走るイタリアチームの選手。奥からジャンニ・ブーニョ(ポルティ)、マリオ・チポッリーニ(メルカトーネ・ウーノ)、クラウディオ・キャプッチ(カレラ・タッソーニ)

 「イタリアの自転車競技は終わりだ」「イタリアから自転車競技が消滅するのだ」と叫ぶ人が大勢いるだろうと思われるかもしれませんが、イタリア人の多くは意外にも状況を冷静に受け止めているようです。国営テレビのスポーツコメンテーターも「時代の波だ」と言い切っています。これには実は、イタリアの長い歴史が関係しているのです。

イタリアはいつも最大の“人材輸出国”

 ルネッサンス美術の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチとサッカーの日本代表監督アルベルト・ザッケローニ――この2人にはどんな共通点があるでしょうか? 2人とも活躍の場を求め、海外で活動する道を選んだ人です。ダ・ヴィンチはフィレンツェとミラノを経て、生涯をフランスで過ごしました。ザッケローニ監督は現在日本で日本人選手を導いていますね。

 イタリア人はおいしいパスタを作ってくれる偉大なるマンマから離れられないというイメージにつきまとわれていますが(否定できませんが)、世界中を歩きまわり成功を収める人たちが大勢いるということもイタリア人らしい現象です。

“聖人の国”の中にはバチカン市国がある。ジロ・デ・イタリア2009でローマを走り抜けるイヴァン・バッソ“聖人の国”の中にはバチカン市国がある。ジロ・デ・イタリア2009でローマを走り抜けるイヴァン・バッソ

 地中海経済の中心だった古代ローマ帝国が崩壊後、優秀な人材を作る学校や工房がたくさん残りました。しかしイタリアは小さい国に分かれ、どこも経済的に貧しく、比較的裕福だったフィレンツェとヴェネツィアで働けない人たちは、海外に出る道しか残されていませんでした。

 西洋の世界でイタリアを表す言葉として、「イタリアは聖人、詩人と船乗りの国」と言われたくらいです。ごく一部ですが、海外で活躍した代表的なイタリア人を紹介します。

■13世紀:商人と十字軍の黄金時代

マルコ・ポーロ(ヴェネツィア出身)

→中国との貿易を求め、長い間ヴェネツィアを離れた商人のひとり。『東方見聞録』の作者で有名になった。シルクロードの独占的な貿易によってヴェネツィアは莫大な富を手に入れた。

■15世紀:芸術と航海時代

クリストーフォロ・コロンボ(ジェノヴァ出身)

→一般にクリストファー・コロンブスとして知られ、スペイン王国の資金を使ってアメリカ大陸を発見した船乗りの探検家。

アメリゴ・ヴェスプッチ(フィレンツェ出身)

→ポルトガル王国の資金を使ってアメリカを探検し、アメリカ大陸を命名した船乗りの探検家。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(フィレンツェ出身)

→フィレンツェを離れて、パトロンを転々としながら、フランスで落ち着く。

カテリーナ・デ・メディチ(フィレンツェ出身)

→メディチ家出身でフランス王女として君臨した。フランスの文化に多大な影響を与え、宮殿の文化は一気に花咲いた。

■17〜18世紀:イタリアの音楽をヨーロッパ中に

アントニオ・サリエーリ(ヴェローナ出身)

→オーストリア皇帝に仕えるカペルマイスター(宮廷楽長)として活動。ベートーヴェン、シューベルト、リストらを育てた名教育家でもあった。

ファリネッリ(プーリア出身)

→天使のような声を持つカストラート(幼い声を維持するために去勢された男性)。ヨーロッパ中の劇場で活躍した。

ジョアキーノ・ロッシーニ(ペーザロ出身)

→イタリアの音楽作曲家と美食家として知られ、フランスで活動の場を求めた。イタリアを代表するオペラ『セビリアの理髪師』や『ウィリアム・テル』を作曲。

■19世紀:イタリア移民の大流出

『母を訪ねて三千里』のマルコくん(ジェノヴァ出身)

→実在しなかった人物ですが、この時代に何百万人の貧しいイタリア人(主に農民)が仕事を求めて“新世界”へと向かいました。アメリカ合衆国、ブラジル、チリ、アルゼンチンが主な受け入れ先。現在もイタリア系アメリカ人は映画や音楽の場で大活躍をしています。ライザ・ミネリ、フランク・シナートラをはじめ、シルベスター・スタローン、マドンナやレディー・ガガもイタリア系アメリカ人です。

■20世紀:技術者の流出時代

グリエルモ・マルコーニ(ボローニャ出身)

→科学者と発明家で、無線電信の開発でノーベル物理学賞を受賞した(1909年)。実験のための資金を集めるため、イギリスへ移住。

エンリーコ・フェルミ(ローマ出身)

核物理学や量子力学を専門とする物理学者で、アメリカに渡り広島や長崎で投下された爆弾の設計者のひとり。

21世紀はスポーツ選手の流出時代

 フィレンツェで9月に行なわれた自転車競技世界選手権はとても面白いものでした。この日ばかりは国別で戦った選手ですが、イタリア代表9人の内、6人が海外のチームで活躍しています。ざっと次のようなチームです。

ヴィンチェンツォ・ニバリ、アレッサンドロ・ヴァノッティ(アスタナ プロチーム:カザフスタン)
ルーカ・パオリーニ(カチューシャ チーム:ロシア)
ジョヴァンニ・ヴィスコンティ(モビスター チーム:スペイン)
イヴァン・サンタロミータ(BMCレーシングチーム:アメリカ)
リナルド・ノチェンティーニ(アージェードゥーゼル ラモンディアル:フランス)

ニバリをけん引するスカルポーニ(2013年UCI世界選手権)ニバリをけん引するスカルポーニ(2013年UCI世界選手権)
2013年の世界選手権で落車しながらも追走するニバリ(中央)2013年の世界選手権で落車しながらも追走するニバリ(中央)

 さらに、海外ナショナルチームの多くはイタリア人監督を採用しました。

ルーカ・グアルチレーナ: スイス
クリスティアーノ・ヴァロッピ: アルゼンチン
アレッシオ・ディ・バスコ: ハンガリー
フランコ・ジーニ、ファビオ・ボルドナーリ: コロンビア
ジャンニ・サヴィオ: ベネズエラ

イタリア人が世界征服を狙う?

 イタリア在外イタリア人として、多くのイタリア人が海外で活躍することは、実はいいことだと歴史が教えてくれています。

アンドローニジョカットリ・ベネズエラのチームの食事にピザやパスタが並んだ(ジロ・デ・イタリア2013)アンドローニジョカットリ・ベネズエラのチームの食事にピザやパスタが並んだ(ジロ・デ・イタリア2013)

 イタリア人は自分の文化に強いこだわりを持ち、忘れることはありません。結果として、移住先でイタリアの文化が彼らを通してじわじわと浸透し、いつの間にか世界を制覇していきます。食文化で言えば、エスプレッソ、ピッツァ、スパゲッティが世界的に広がった背景にはこうした海外での地道な活躍の成果のではないかと思います。静かな世界征服かもしれません。

 さて、イタリア経済は不況から脱出しつつあります。自転車競技でも近い将来、またイタリア人チャンピオンが生まれてくるはずです。私もイタリア人らしく、あまりせかせかしないで歴史の流れに身を任せるとしましょう。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)
イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ

この記事のタグ

つれづれイタリア~ノ

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

サイクリストTV

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載

連載