スマートフォン版はこちら

サイクリスト

ツアー・オブ・ルワンダ レポート<1>悲惨なジェノサイドから復興へ 自転車レースも国際化

  • 一覧

 中央アフリカに位置する小国、ルワンダで11月18日から25日、「ツアー・オブ・ルワンダ」が開催された。初開催は1989年だが、UCI公認の国際レースとしては今年で4回目(UCIアフリカツアー2.2)。首都キガリでの個人タイムトライアルを皮切りに、8日間・全9ステージ、総走行距離894.8キロで争われた本格的なステージレースだ。ルワンダ全土を駆け抜けたレースに密着し、復興の道を歩むこの国のいまを追った。(写真・文 田中苑子)

工事中のため未舗装路を走る選手たち。赤い地面から埃が舞い上がる工事中のため未舗装路を走る選手たち。赤い地面から埃が舞い上がる

ルワンダの歴史 100万人が殺害されたジェノサイド

 ルワンダという国に、どのようなイメージを抱くだろうか? 1994年に起こったジェノサイド(大虐殺)の暗い印象をもつ人が多いことだろう。

 ルワンダに暮らす2つの民族、長身で鼻が高く肌の色が薄いとされる牧畜民族の「ツチ」と、短身で鼻が低く肌の色が濃いとされる農耕民族の「フツ」。さまざまな歴史的背景をもつルワンダ紛争の末に、多数派の「フツ」が少数派の「ツチ」を攻撃したのが94年のジェノサイドであり、「ツチ」や、「ツチ」を擁護した「フツ」が殺された。その死者数は、約100日間で100万人とも言われている。

 男性、女性関係なく、また民族の根絶のために、小さな子どもも例外なく犠牲となった。今からわずか18年前の出来事だ。その手口はあまりにも残虐で、事実を知れば知るほど気分が悪くなる。「全土が死体の臭いに覆われ、ルワンダは死んだ」と、当時の様子は記されている。

 ジェノサイドは、隣国ウガンダに逃げていた「ツチ」難民によるルワンダ愛国戦線がルワンダ全土を制圧することで終結し、指揮者であったポール・カガメ(現在の大統領)のもと、国の再建が始まった。「ツチ」や「フツ」という民族の境界はなくなり、すべての人が「ルワンダ国民」として、過去の過ちを深く反省しながら、幸せ溢れる国をめざし、またたく間に「アフリカの奇跡」と呼ばれるほどの著しい発展を遂げた。

 そして、その発展とともに、自転車レース「ツアー・オブ・ルワンダ」が輝きを増している。

ルワンダの食事。セルフサービスで盛りつけるビュッフェ形式がルワンダの伝統的な食事スタイルルワンダの食事。セルフサービスで盛りつけるビュッフェ形式がルワンダの伝統的な食事スタイル
モトタクシーに乗ってキガリ市内を散策。モトタクシーがもっとも身近な市民の足モトタクシーに乗ってキガリ市内を散策。モトタクシーがもっとも身近な市民の足
キガリ市内にあるジェノサイドメモリアル。25万人もの犠牲者が眠る共同墓地に隣接する資料館キガリ市内にあるジェノサイドメモリアル。25万人もの犠牲者が眠る共同墓地に隣接する資料館
キガリでのプロローグステージに集まった観客たちキガリでのプロローグステージに集まった観客たち

リッチーとボイヤーが導いた自転車競技の発展

 現在のルワンダの自転車競技には、2人のアメリカ人が大きく関係している。1人は、マウンテンバイクのパイオニア、フレームビルダーのトム・リッチー。もう1人は1981年にアメリカ人として初めてツール・ド・フランスに出走したジョック(ジョナサン)・ボイヤーだ。

 2005年に初めてルワンダを訪れたリッチーは、翌2006年に「プロジェクトルワンダ」を立ち上げた。これは自転車競技の開催だけではなく、“自転車を道具や希望の象徴として捉え、自転車を利用してルワンダの経済発展を促進することを理念とするプロジェクト”で現在も続いている。

 そして、2006年に現地の人が日常的に使っている木製自転車のレース「WOODEN BIKE CLASSIC」を初めて開催するにあたり、リッチーは長年の友人であり、すでに選手を引退していたボイヤーを連れてきた。それを機に、ボイヤーはルワンダ初となる自転車のナショナルチーム「チームルワンダ」の監督を引き受けることとなり、彼らがルワンダにおける自転車競技の発展やツアー・オブ・ルワンダの国際レース化を推し進めたのだ。

トム・リッチーの「プロジェクト・ルワンダ」のコーヒーバイクを走らせる青年トム・リッチーの「プロジェクトルワンダ」のコーヒーバイクを走らせる青年
レース後のジョック・ボイヤーとエイドリアン・ニヨンシュチ(チームルワンダ・アカゲラ)レース後のジョック・ボイヤーとエイドリアン・ニヨンシュチ(チームルワンダ・アカゲラ)

全12チーム、66選手がルワンダ一周のツアーへ

 さて、レースの話に戻ろう。今年、参加したのは全66選手。チームルワンダやアフリカの各国ナショナルチームをはじめ、フランスやカナダ、アメリカからもチームが集まり、全12チームがスタートラインに立った。初日プロローグのタイムトライアルで、レミ・プルティエールロワ(カナダ、ケベコール・ガノー)が5秒差で首位に立ち、イエロージャージに袖を通すと、いよいよ本格的なロードレースが始まった。

スタートを待つ選手たちスタートを待つ選手たち
沿道はどこでも大勢の観客が駆けつけた沿道はどこでも大勢の観客が駆けつけた
ルワンダの主産業は農業。バナナ畑を抜けるルワンダの主産業は農業。バナナ畑を抜ける
穏やかな生活を送るルワンダの人々穏やかな生活を送るルワンダの人々

<2>勢いを増すアフリカの自転車競技界

中川裕之田中苑子(たなか そのこ)
1981年、千葉生まれ。2005年に看護師から自転車専門誌の編集部に転職。2008年よりフリーランスカメラマンに転向し、
現在はアジアの草レースからツール・ド・フランスまで、世界各国の色鮮やかなサイクルスポーツを追っかけ中。

関連記事

この記事のタグ

田中苑子

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

ショップナビ

スペシャル

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載