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つれづれイタリア~ノ<104>自転車と家族、ファンを愛するチャンピオン ヴィンチェンツォ・ニーバリにインタビュー

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
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 10月7日に行われた秋のクラシック、イル・ロンバルディアに優勝したばかりのヴィンチェンツォ・ニーバリ選手が久しぶりに日本を訪れました。ツール・ド・フランス さいたまクリテリウムに出場して以来、3年ぶりのことです。アスタナ プロチームからバーレーン・メリダという新しいチームのキャプテンとなったニーバリ選手は今年も活躍。ジロ・ディタリアとブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝を逃したものの表彰台に登り、秋のレースではやっと結果を出しました。ゼロから発足したチームですが、完全に軌道に乗りました。

“落ち葉のクラシック”イル・ロンバルディアで優勝を飾ったヴィンチェンツォ・ニーバリ Photo: Yuzuru SUNADA

心から自転車と山を愛する男

 今回、レースではなくファンと触れ合うイベントが開催され、ヴィンチェンツォを含め、チームメイトである弟、アントニオ・ニーバリ選手、チームマネージャーのブレント・コープランドさん、広報担当のジェフリー・ピッツォルニさんと一緒に来日し、私が通訳を務めることになったのです。

3年ぶりに来日しファンと交流したヴィンチェンツォ・ニーバリ(右) Photo: Naoi HIRASAWA

 ニーバリ選手はレース会場で会うことがありますが、いつも大勢のメディアとファンに囲まれ、ゆっくりと接することがありませんでした。さいたまクリテリウムの経験を生かし、今回は彼の素顔を間近にみることができ、なぜ世界中のファンに愛されているか、彼の魅力を改めて確認することができました。この貴重な機会を与えてくれた、メリダを国内販売しているミヤタサイクルの皆様に感謝を申し上げたいと思います。

 ニーバリ選手はとにかく自転車が好き。これを強く印象づけたのは、彼が控え室でメリダ2018年のカタログを見ながら、スタッフに様々な質問をぶつけていた時でした。驚いたことにマウンテンバイク(MTB)に強い関心を抱いていました。本人は気分転換のため利用すると言っていますが、時間がある時に自宅のあるルガーノ市(スイス)の裏に広がる森でよく走るそうです。キャノンデールに所属していた時もMTBを愛用し「様々なことを教えてくれる」と言ってくれました。今回もMTBへの愛情が証明されたのです。

ニーバリが自ら解説!徹底的なコース分析

 トップレベルで走り続ける選手に共通している点が、徹底的なコース分析です。控え室で、優勝したばかりのイル・ロンバルディアの映像が流れた瞬間、彼の目の色が変わりました。なんと、スタッフの前でレースの解説を始めたのです!

ヴィンチェンツォ・ニーバリ(左)とティボー・ピノの勝負 Photo: Yuzuru SUNADA

 レース前に終盤にある全てのコーナーを何回も繰り返し、体で覚えていた彼は、アタックすべきところ、敵を惑わすコーナー、注意すべき箇所など、レースの勝因となった全ての要素を語り始めました。最後にティボー・ピノ選手(フランス、エフデジ)のペダリングからわかった彼の限界値、グループからの距離など、すべての状況を分析した上で、アタックポイントを決めたそうです。

 やはり強くなるには、強靭な身体的能力だけでなく、研究によって育んだ鋭い感覚と知識が必要です。知ったかぶりでは、チャンピオンになれません。感動の実況でした。

チームとファンにも注がれる家族愛

 ニーバリ選手はとにかく人を大事にします。シチリア出身であることが影響しているかもしれませんが、とても深い家族愛に満ちています。日本でいうと、沖縄に近い感覚だと思います。私もイタリア人ですが、北部ではもっとドライな人間関係が一般的です。シチリアの方は家族との絆を大事にすると聞いていましたが、まさにその通りでした。

仲のいいアントニオ(左)とヴィンチェンツォのニーバリ兄弟 Photo: Naoi HIRASAWA

 ニーバリ選手は時間が許す限り、妻と愛娘だけでなく、従兄弟や親戚にあたる人とよく電話していました。そして、弟のアントニオ選手も同じチームにいますが、とても仲がいいそうです。コープランド監督から聞いた話ですが、自転車の世界では嫉妬が生まれやすいようで、ニーバリ兄弟、サガン兄弟、シュレク兄弟のような良好な関係は稀だそうです。

 同じような家族愛はそのままチームとファンに注がれます。ニーバリ選手はチームのことも家族のように思っているため、ムードメーカーでもあります。そしてファンに対する記念写真や握手、些細な会話も大事にします。チームマネージャーはこうした性格を知っているため、ニーバリ選手をファンから守る場面もありましたが、彼自身はファンとのひと時を非常に楽しみにしているようです。やはり自転車競技はファンに一番近いスポーツです。

生まれながら自転車に魅了

 多忙なスケジュールの中で、短い時間でしたがインタビューできました。知りたかったのは、彼が若い頃の話でした。自転車をしたいがために16歳の若さで家族から離れ、1000km以上離れたトスカーナに移り住みました。家族を第一に考える人として、そしてまだ高校生の身分で簡単な選択ではなかったはずです。さて、彼の言葉に耳を傾けましょう。

 ――インタビューありがとうございます。そしてイル・ロンバルディア優勝おめでとうございます。大会をまだ鮮明に記憶していると思いますが、どうのような作戦を練って勝ちましたか。

ニーバリ:ブエルタが終わって間もなくだったので、体調が良かったですし、ほとんど疲れが残っていなかったのです。今年のコースもよく知っていました。練習でよく使っていましたし、ゴール手前の5kmは勝負を決めるポイントだと知っていました。テクニカルダウンヒルと読みづらいコーナリングが多いだけでなく、終盤の上りは決して無視してはいけません。傾斜がそれほどきつくないですが、地形の関係で峠がすぐ近くにあると勘違いする人が多いです。しばらく続くので、意外と脚が削られます。ここでピノー選手が力尽きたと思います。

――話が変わりますが、若い頃に自転車のプロになるために地元のシチリアを離れ、トスカーナの新天地で、ある種の「自転車留学」を決めたそうですね。まだ16歳の若者としてつらい選択だったと思います。何がそれをさせましたか。

ニーバリ:小さいころは、三輪車から離れたがらなかったとよく言われましたが、生まれながら自転車に魅了されていました。学校でサッカーや陸上、バレーボールもやりましたが、それほど興味が湧いてこなかったです。父はアマチュアサイクリストだったので、彼から影響を受けたと思います。地元のレースに参加したら、勝ちはじめました。でも本当に強くなるためにはイタリア本土に移る選択しかありませんでした。当時シチリアには残念ながら有名なチームもなければ、レースも少なかったです。自転車のパーツを買うため、サイクリング大会の写真家のアルバイトもしました。やめることも考えました。

 ――自転車をやめる?

ニーバリ:はい。実は一時的に自転車がつまらなくなった時がありました。ずっと一人で練習していたからです。でも私を信じていた父が近所の若者を集め、彼らがいつも練習に付き合ってくれました。これが今となってもとても楽しい思い出です。

柔和な表情でファンサービスに応じたヴィンチェンツォ・ニーバリ Photo: Naoi HIRASAWA

 レースの成績がよかったので、2001年にトスカーナにあるGSマストロマルコというチームの監督、フランチェスコ・カルリの目に止まり、私の成長を信じて、トスカーナに来ないかと誘ってもらいました。両親は反対しなかったので、行くことを決心しました。

 ――最初はどうでしたか。

ニーバリ:最初の1年間はとてもつらかったです。チームが用意してくれた合宿場に住んでいましたが、毎日学校のあるエンポリ市まで1時間をかけてバスで通い、帰ったらすぐに練習を始め、晩御飯を食べたらすぐに寝ました。卒業をするのに、夜間高校も通いました。

 2年目はカルリ監督の家で住むことになり、まるで自分の息子のように接してくれました。精神的にも支えてくれました。私のためにアンダー23のチームも作ってくれました。

 しかし、ジュニアイタリアチャンピオンに輝いたのに、U23に上がった途端に勝てなくて。悔しくてサポートカーで泣いたこともありましたが、監督に「勝つ時はきっと来るよ」と言われました。そして、勝った相手チームがドーピングで失格となったことがあり、その後また勝ち始めました。様々な人の支えがあって、成長できました。だから今は私自身がGSマストロマルコのスポンサーになっています。

“サメ”の由来は友達が作った横断幕

 ――好きな言葉はありますか。

ニーバリ:「Dignità, libertà, speranza(尊厳、自由、希望)」という言葉です。イタリアナショナルチーム元監督、アルフレド・マルティーニ(1921-2014)が教えてくれた言葉です。でももう一つあります。「夢」です。この仕事だと、やはり誰でもレースに勝つ夢を見ます(笑)。

 ――「海峡のサメ」というあだ名の由来は?

ブエルタ・ア・エスパーニャ2017第3ステージで優勝しサメのポーズを見せたニーバリ Photo: Yuzuru SUNADA

ニーバリ:友達が横断幕を作ったのがきっかけでした。たまたまサメを書いたのです。実際に私のふるさと、メッシーナではよく出没します。とても小さいサメです。

 ――最後ですが、どのようにしてレースの緊張を和らげますか。

ニーバリ:性格的に緊張に強い、打たれ強いと思います。レースの結果がダメなら、次はもっとうまく行くだろうと考えます。そしてすぐに寝ます。どこでも寝られます。ホテルからレース会場まで、移動中にも寝ます(笑)。

ヴィンチェンツオ・ニーバリについて

身長184cm、体重65kg
1984年イタリア、メッシーナ生まれ。
所属チーム
2003−2004年 マストロマルコ
2005年 ファッサ・ボルトロ
2006-2012年 リクイガス
2013-2016年 アスタナ プロチーム
2017年 バーレーン・メリダ

主な成績
2007 GIRO DI TOSCANA(優勝)
2008 GIRO DEL TRENTINO(優勝)
2009 GIRO DELL’APPENNINO
2010 GIRO DI SLOVENIA(優勝)、GIRO D’ITALIA(3位)、VUELTA A ESPANA(優勝)
2011 GIRO D’ITALIA(2位)
2012 TIRRENO-ADRIATICO(優勝)、TOUR DE FRANCE(3位)
2013 TIRRENO-ADRIATICO(優勝)、GIRO D’ITALIA(優勝)、VUELTA A ESPANA (2位)
2014 イタリアナショナルチャンピオン、TOUR DE FRANCE(優勝)
2015 イタリアナショナルチャンピオン、GIRO DI LOMBARDIA(優勝)
2016 GIRO D’ITALIA(優勝)
2017 GIRO D’ITALIA(3位)、VUELTA A ESPANA (2位)、IL LOMBARDIA(優勝)

イタリア人としてグランツールと呼ばれている
ジロ・ディタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝したのは2人目。ほかは、エディ・メルクス、ベルナール・イノー、ジャック・アンクティル、アルベルト・コンタドールだけです。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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