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挑戦のそばにアミノバイタル<2>1400kmに挑む! “おじさんサイクリスト”の「ロンドン・エディンバラ・ロンドン」極限奮闘記

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 4年に一度イギリスで開催される超長距離ライドイベント「ロンドン・エディンバラ・ロンドン」(LEL)が7月30日から5日間にわたって開催された。その名の通りロンドンとエディンバラの間を100時間強以内に走破するブルべイベントで、総距離1441km、獲得標高は1万1128mに上る。この壮絶なイベントに1人の日本人男性が挑戦した。今から7年前、50歳を過ぎてから自転車に乗り始めた神成(かんなり)洋さん(58)。プロでも超人でもない一般の“おじさんサイクリスト”が、身も心も極限状態に追い込まれる超ロングライドに挑む理由は何なのか? 「LEL」のリポートとともに、その奮闘記を紹介する。

「ロンドン・エディンバラ・ロンドン2017」に挑戦中の神成洋さん。1400kmのゴールまであと少し。最後の力を振り絞る Photo: Hiroshi KANNARI

周囲も驚き「あの神成さんがLELに?」

 神成さんが自転車に乗り始めたのは51歳。きっかけは「周囲で自転車に乗っている人がいて、健康に良さそうと思ったから」─ただそれだけだった。神成さんが勤める小学館には自転車部があり、神成さんも部員の一人として活動しているが、部長の小野寺貴志さんいわく、自転車を始めた当初の神成さんはサイクリングの途中でたびたび離脱する「心の折れやすいおじさん」。それだけに「長距離には縁遠いと思っていた神成さんがブルべライダーになって、まさかLELに挑戦日が来るとは…」と小野寺さんも驚きを隠せない。

神成洋さん(写真中央)を送り出す小学館自転車部の皆さん(写真右=小野寺貴志さん)。おそろいのチームジャージを着て Photo: Kyoko GOTO
ブルべを始めて5年目にしてLELに挑戦する神成洋さん。気負わず朗らかな人柄で小学館自転車部のインスタグラムでも人気を集める Photo: Kyoko GOTO

 そんな神成さんを変えたのは、彼が「師匠」と仰ぐ10歳年上のブルべライダー、大野正明さんとの出会いだった。初めて一緒に走ったのは200kmのロングライド。ブルべではなく新潟県の苗場を目指すプライベートライドで、何度もリタイアしそうになる神成さんを“師匠”は強引に引っ張っていった。

 200kmは当時自己最長距離、登坂でつる足、おまけに補給食はコンビニとくれば「もう何が楽しいのかわからない」…はずだったのに、完走したときの達成感は神成さんいわく「これまでに感じたことのない感動だった」。その感動と日常生活では体験できない冒険感に魅力を感じ、神成さんはブルべライダーとしての道を歩み出した。

苗場までの200kmを完走した直後の写真。「師匠」と仰ぐ大野正明さん(写真左)と喜びを爆発させる神成さん 提供: Hiroshi KANNARI

 「実は今も走りながらリタイアすることばかり考えている」と笑う神成さん。ただ、「もう少しいけるんじゃないか」という気持ちを重ねながら、マイペースに着々と走行距離を伸ばしてきた。

 2015年には国内で600kmのブルべを走破し、「LEL」と同じく4年に一度フランスで開催される「パリ・ブレスト・パリ」(PBP)という超長距離イベント(1200km)への出場権を得た。しかし、当時は1000km地点で惜しくもリタイア。そのリベンジを果たすためにも今回の「LEL」にエントリーし、高倍率をかいくぐって見事出場権を獲得した。

神成洋さんの愛車、ケルビムのクロモリフレーム。LEL仕様の装備 Photo: Kyoko GOTO
フロントライトはバッテリーいらずのハブダイナモと単3乾電池式を併用 Photo: Kyoko GOTO
サドルは信頼を寄せる「セラ・アナトミカXシリーズ」を使用 Photo: Kyoko GOTO
ふんばりどころで頼りにしているという「アミノバイタル GOLD」 Photo: Kyoko GOTO

4年に一度の「ブルべの祭典」

日本からの参加者と記念撮影 Photo: Hiroshi KANNARI

 スタート前日の7月29日、受付会場は「LEL」の出場者であふれかえっていた。世界60カ国から集まったブルべライダーは総勢1500人。日本からも40人ほど出場していた。ちなみに前回の日本人参加者は17人。海外超長距離イベントの認知度が日本でも徐々に高まりつつあるのだと、神成さんは感じた。

出走受付。いよいよ始まるのだと実感が湧いてきた Photo: Hiroshi KANNARI
ルート上に設けられた4カ所の「ドロップバッグ」で食料補充やウェア交換などができるよう、ポイントごとに色分けされた袋に荷物を入れて渡す Photo: Hiroshi KANNARI
自転車であればどんな形状でもOK Photo: Kimiko ISHIZAKI
タキシード(?)で正装していた参加者も Photo: Kimiko ISHIZAKI
いよいよ神成さんのスタート。1400kmの旅が始まる Photo: Kimiko ISHIZAKI

 4年に一度の開催ということもあり、スタート当日の会場の雰囲気はまるで「ブルべの祭典」。自転車の車種も多様で、小径車で臨む人や、リカンベント風の自転車をスポーツカーのような見た目に改造して臨む人などさまざま。一方で神成さんは少し緊張気味。目標としてきたイベントがいよいよ始まる。これまで練習で培ってきた自信と未知なる挑戦への不安がないまぜになるなか、ペダルを漕ぎ出した。

自転車で走る醍醐味を味わえるルート

LELの往路。エディンバラで折り返し、元来たルートが復路になる。四角のマークはPCの位置 ©AUDUX UK

 走行ルートはペナイン山脈と、スコットランド・ローランド地方のきつい上りから、リンカンシャーとノーフォークのフェンズ平野まで、変化に富んだ景色の中を通る。景色も古い街並み、田園風景、古城、草原とダイナミックに変わり、自転車で走る醍醐味を味わえるルートだ。

 レースではないが、100時間強以内にロンドンまで戻ってこなければ「LEL」完走の「認定」を受けることはできない。そのため、参加者は自分の脚力に応じた走行計画が必要となる。

 ルート上には全部で19の「Point de Controle」(PC:フランス語でチェックポイントの意)が設けられており、温かい食事や仮眠をとれるスペースが用意されている。疲労との戦いとなる超長距離ライドは、このPCを上手に使った回復戦略がカギを握るといっても過言ではない。

順調な走り出しでご機嫌の神成洋さん Photo: Hiroshi KANNARI

 走り出しは幸い天気予報が外れて好天に恵まれた。ロンドンは肌寒いくらいだったが、走り出すと暑くもなく寒くもなく、ちょうどよい気候。川沿いの道も気持ちよく、途中英国空軍博物館に寄り道したりと絶好調の神成さん。一気に242km先のPCまで漕ぎ進み、3つめのPCで仮眠をとるも、まだ疲労が溜まっていないと判断し、予定よりも早めに出発。神成さんいわく“貯金タイム”(予定時間よりも早く進めている時間の余裕)も3時間と順調に進んできた。

馬や牛などが草を食んでいる、穏やかな風景 Photo: Hiroshi KANNARI
英国空軍博物館に少し寄り道。まだまだ余裕 Photo: Hiroshi KANNARI

雨風、補給難…LELの洗礼

スコットランドが近づくにつれ、天候が崩れ始めた Photo: Hiroshi KANNARI

 しかし、「LEL」はそう甘くはなかった。小刻みに続くアップダウンが少しずつ脚を削り出し、340km地点、4つめのPC「Pocklington」から66km先のPC「Thirsk」に向かう坂で疲労を感じ始めた。

 さらにスタートしてから500km地点、標高約500mのヤドモス峠に差し掛かったところでついに雨も降り出した。雨足はそれほど強くはないものの、スコットランドらしい天候で降っては止んでを繰り返す。北に向かうにつれ強風も加わって冷え込みも増し、その後レインウェアを脱ぐことができなくなった。

行く手に低い雲が立ち込める Photo: Hiroshi KANNARI

 そんなとき助かったのがPCでの温かい食事だった。一般的にブルべは補給も含めて自己管理が求められるが、1500人が一気に押し寄せる大規模イベントとなると食料調達も至難の業。そのため、同イベントを運営している「オダックスUK」が炭水化物たっぷりの温かい補給食とフルーツなどをPCごとに用意していた。

トマトが入っていたり野菜も充実 Photo: Hiroshi KANNARI
PCによってはごはん食も用意されている Photo: Hiroshi KANNARI
ミートソースをかけたショートパスタ Photo: Hiroshi KANNARI
グリーンカレーもあってびっくり Photo: Hiroshi KANNARI
削られた脚を少しでも早くリカバーするために定期的に摂っていた「アミノバイタル GOLD」 Photo: Hiroshi KANNARI

 一方で神成さんは食事に併せて顆粒タイプの「アミノバイタル GOLD」を摂っていた。運動中に酷使したカラダのリカバーをサポートするアミノ酸で、少しでも脚力をキープさせるために取り入れていた。神成さんは普段のライド時にも「アミノバイタル GOLD」を愛用し、カラダのダメージ軽減を体感しているだけに、休憩時はもちろん脚を使う峠を攻める前などにも積極的に使用していた。

日本からもっていったフリーズドライ食品。混んでるPCでは重宝した Photo: Hiroshi KANNARI

 ただ、補給の量は圧倒的に足りなかった。想像以上の消耗に加え、日本のように道中にコンビニエンスストアはない。日本から持参した非常食が役に立ったが、それさえも底を尽きた。最終的には大丈夫だったものの、一時は水分がなくなる不安もよぎった。過去に「PBP」に参加し、海外の食糧調達事情を知った上で臨んだが、それでも万全な対策がとれなかった。自分がいかに日本で「コンビニ慣れ」しているかを感じた。

走るために寝て、寝るために走る

時間を取り返すために夜も走行 Photo: Hiroshi KANNARI

 眠気とも戦った。当初のプランでは6時間の仮眠をとるPCを2つ予定していたが、想像以上に細かいアップダウンが多く、路面状況も悪くて思うように進めない。制限時間内の完走を目指すために、睡眠時間を削らなければならない状態に。自分の“脚の無さ”を痛感した。

 折り返し地点を過ぎ、少しでも時間を縮めようと眠気を抱えたまま夜間走行していたとき、不思議な現象が見えた。「木の影が巨大なカブトムシになったり、ライトに照らされて目が光った羊をトラと見間違えました。あれが幻影なんでしょうね。精神的におかしくなっていました」と神成さん。さらに笑えないことに道を外れ、すんでのところで崖から転落しそうにもなった。

真っ暗闇を進むサイクリストたち。灯りは自分のライトしかない世界 Photo: Hiroshi KANNARI

 同じ場所をぐるぐる回る神成さんの様子がGPS追跡システムに映し出され、見ていた日本の仲間に心配された。そのときは、もはや自分でもどこを走っているのかわからなくなっていた。さすがに命の危険を感じ、ゴールまで残り280kmという地点で「認定は二の次」と腹を決めた神成さん。「安全な完走」を目標とし、睡眠をとりながら進む作戦に切り替えた。

仮眠所。まるで野戦病院のようだが、マットがあるだけでも幸せなのだそう Photo: Hiroshi KANNARI

 仮眠をとる際、神成さんが使用していたのがゼリータイプの「アミノバイタル GOLD」だ。アミノ酸3600㎎に加え、必須アミノ酸の一つであるロイシンが高配合されているため、カラダを早期にリカバーさせることに役立つ。神成さんは、「たった1~2時間の睡眠しかとれない中でも、すっきりと起きることができた」と極限状態で体がその違いを敏感に感じとっていたようだ。

仮眠の設備はPCによって異なっていた Photo: Hiroshi KANNARI
寝る前に必ず摂るようにしていた「アミノバイタル GOLD」。暗い仮眠所に光る頼みの綱 Photo: Hiroshi KANNARI

“思い”が力に変わるとき

たくさんの応援メッセージが寄せられたフェイスブックのタイムライン 提供: Hiroshi KANNARI

 大変な旅の中にも、嬉しいことはあった。とくに救われたのは、日本の皆から寄せられる応援だ。自身のFacebookや小学館自転車部のインスタグラムを通じて状況をアップすると苦楽を共有するメッセージや、「おめでとう!」「頑張って!」という応援の言葉がリアルタイムで神成さんの元に届いた。嬉しくて何度も目頭が熱くなった。そのたびに何度も頭によぎった「リタイア」の文字が消えた。

 「いつも『もうダメ』と思ってリタイアすると、あとから『もう少しできたんじゃないか』という後悔が募った」という神成さん。そんな悔いはここでは残したくなかった。

 その理由には“師匠”の存在があった。一緒にこの「LEL」を走るはずだった師匠の大野さんが、無念にも来れなくなってしまったのだ。その理由も踏まえて、大野さんの分まで走りたかった。「誰かを思うことの方が力って湧くのかもしれませんね」と神成さん。一人のときでも、常に大野さんと一緒に走っているような気持ちだったという。

笑顔を絶やさず状況をSNSで伝えていた神成洋さん Photo: Hiroshi KANNARI
ゴールまであと120km。限界を超えた瞬間の表情もアップ Photo: Hiroshi KANNARI

冒険の魅力は「自分との戦い」

完走後の記念撮影サービスに滑り込みセーフ。撤収作業中でストロボは焚かれなかったが、それでも堂々撮影! Photo: Hiroshi KANNARI

 機材トラブルや落車などによるDNFが相次ぐ中、神成さんは制限時間を6時間オーバーしながらも見事完走を果たした。

 ゴールした瞬間、安堵感なのか達成感なのかはわからないが、涙がボロボロと溢れた。認定こそ逃したが悔いはなかった。それより6時間もオーバーしながら、あきらめずに走り切れた自分に驚いた。お尻の皮が剥け、手のひらや足の指も痺れるなど満身創痍の状態だったが、それでも完走した充実感と達成感がはるかに上回った。

 ちなみに、時間内に完走できた人(認定者)は全参加者1500人のうち810人と約半数。この数字が、イベントの過酷さを物語る。

全PCのスタンプが押されたブルべカードと完走メダル Photo: Kyoko GOTO
制限時間を6時間超えても完走をあきらめなかった神成洋さん。次なる目標は「PBP」での認定取得! Photo: Kyoko GOTO

 燃え尽きた感はない。むしろ、改めて国内ブルべで300kmや600kmを走ったときにどう感じるのかが楽しみだという。

 「自分との戦いですよね。ブルべのおもしろさってそこじゃないかな。ここまで極限に挑むって、この年齢でなかなかできる経験じゃないですよね」と笑う神成さん。完走を報告した師匠の大野さんからも「大きな財産を手に入れたね」と祝福の言葉をもらった。

 次なる目標は2019年に開催される「PBP」での「完走」、ではなく今度こそ「認定」取得を目指す。

 「おじさんの大冒険」はまだまだ続く─。

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