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猪野学の“坂バカ”奮闘記<14>人生をも狂わせる自転車盗難 相次ぐ被害から編み出した最強の自衛策

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サイクリストの敵、憎き窃盗犯!

 人生には…別れは付き物だ。親との死別、友人、恋人との失恋。サイクリストにも時に耐え難い「別れ」がやって来る時がある。それは愛車との別れ…そう「盗難」だ。それは突然、場所を選ばずやって来る。街中はもちろん、レースやイベントの会場、自転車ショップの駐輪場、今年はジロ・デ・イタリアでも選手のバイクが盗難にあった。

「切れない鍵」はない

 こんな事はあってはならないのだけど、なかなか減らないし、撲滅する事は不可能だろう。自衛するしかないわけだが、現時点で「切れない鍵」はないらしい。頑丈な鍵なら時間稼ぎにはなるらしいが、油圧式のカッターなら数秒でやられてしまうという。最近では持ち去ろうとすると振動をキャッチし、大きなアラーム音がなる鍵もある。防犯グッズも進歩しているが、予防にしかならないのが現状だ。窃盗犯にとってロードバイクは少ないリスクで稼げるドル箱なのかも知れない。

現時点で「切れない鍵」はないらしい

 しかし、しかしだ!サイクリストにとって自転車という乗り物は、何者にも変え難いパートナーだ。そこには情が芽生え、名前まで付けてしまう人すらいる。そんなかけがえのない存在を易々と盗む、いや、もはや誘拐と言っても良いだろう。これは立派な犯罪であり、時に盗まれた人の人生まで狂わす。到底許される行為ではないのだ!

盗まれたピナレロちゃんと消えた彼女

 なぜ、私がここまで語気を荒げるかと言うと、私はこの許されざる窃盗に2度も遭っているからだ。しかも!しかもだ!1台は当時お付き合いしていた彼女のロードバイク。読者の皆様は私の絶望と悲しみが想像できるだろうか?

 彼女は私の趣味に合わせ、大枚をはたいて白のピナレロを購入してくれたのだ。コンポはカンパニョーロ・コーラス。ホイールはシャマル。可愛らしい白のピナレロちゃんだ。

 しかし、あれは忘れもしない、どんよりとした梅雨空の6月…青山にある事務所へ台本を受け取りに行った時のことだった。自分の自転車はスポークが折れて修理中のため、彼女のピナレロちゃんで青山へ。台本をもらうだけの短時間なら大丈夫だろうと思ったのが運の尽き。今考えれば、移動中に発見され、途中から尾行されていたのだろう。青山通り沿いに停めて、ガードレールにがっちり鍵をかけ、事務所へと入った。

最初の盗難現場・青山通り沿い。人通りは多いが窃盗犯は堂々と敢行する Photo: Manabu INO

 15分くらい事務所の人間と談笑しただろうか…通りに戻ると当然ある筈のものがそこにない。一瞬思考が停止するが、起こった事態を把握するのに時間はかからなかった。私はすぐさま周りを見渡した。既に白のピナレロちゃんはどこにもない。

 停めた場所の後方に軽自動車に乗った男がニヤニヤとこちらを見ていた。実行犯と後に合流するのだろうか…。余裕の表情で走り去って行った。私はニヤついた男の表情を一生忘れないだろう。何の特徴もない小太りな中年だった。

 ──やられた。

 すぐに彼女に電話をかけ盗難にあったことを告げた。彼女は「大丈夫だから」と慰めてくれた。天使のようだった。

 表参道の交番に駆け込み、盗難届を提出する。警官曰く、ロードバイクの盗難は組織ぐるみで行われている事も多く、すぐにバラされたパーツはネットや中古ショップで売買され、フレームは海外に送られ、見つかる可能性は低いと。途方もない無力感に襲われた。

 私は彼女に弁償するために、当時2台所有していたロードバイクの1台を18万円で売った。残りの代金は分割でゆっくり返してくれればいいからと、彼女は言ってくれた。しかし、この盗難騒ぎのせいとは思いたくないが…悲劇はピナレロちゃんとの別れだけではなかった。

窃盗犯は自転車だけではなく、私の全てを奪った…(※写真はイメージです)

 ある日帰宅すると部屋から彼女の荷物がなくなっていた。ガランとした部屋のテーブルに置き手紙があった。「今までありがとう…楽しかった。残りの自転車代も宜しくお願いします」…結局私は、残額を一括で支払った。

 自転車も失い、彼女も失い、貯金も失った。窃盗犯は自転車だけではなく、私の全てを奪ったのだ。

厳重なカギは逆効果?

 人生をドン底に突き落とす盗難。もう2度と遇わないと私は誓った。まず、路上には停めず、必ず駐輪場へ預けることにした。そして窃盗犯への嫌がらせの様に鍵を3つ取り付けた。ワイヤー式、U字式、チェーン式のトリプルアクセルだ!

 しかし、この過剰な施錠が逆に窃盗犯を刺激してしまったのか…2度目はすぐに訪れた。人通りの多い渋谷の有料駐輪場で、犯人は3つの鍵を瞬時にカットし、持ち去ったのだ。

2度目の盗難現場。渋谷区宮益坂下駐輪場。ここも人通りは多いが盗難の絶えない場所だという Photo: Manabu INO

 私は絶望感に襲われたが、すぐに気を取り直した。この有料駐輪場には、防犯カメラがたくさん設置されているではないか! すぐに管理会社に電話した。しかし返って来た答えは「警察の介入がないと映像は見せられない」。私はすぐに警察へと駆け込んだ。すると警察では「証拠がないと盗難届の受理しかできない」。見事なたらい回しだ!

 有料駐輪場ということで油断してしまった私がいけないのか。聞けば、あえて有料駐輪場を狙う窃盗犯も居るとのこと。この盗難の時は、番組を通しても窃盗犯へ訴えた。

 「その自転車には、私の汗と鼻水と色んなものが染みて汚ないんだぞ! 不衛生だから返してくれ!」

2度目に盗まれた自転車。コストはかかっていないが、カーボンフレームが盗難対象になったのか… Photo: Manabu INO

 …しかし愛車は2度と出てくることはなかった。

連勝中の盗難対策「窃盗意欲を削ぐ」

 2度目の敗北。私はこのまま負け続けることしかできないのだろうか?私は真剣に考え抜き、ひとつの答えに辿り着いた。それは窃盗犯の「窃盗意欲を削ぐ」という事だ。盗みたくならない自転車に乗れば、絶対に盗まれることはない!

 盗みたくならない自転車…それはつまり「金にならない自転車」だ。どうだ参ったか!窃盗犯!売っても金にならないぞ!私の完全勝利だ!

 盗難価値のない自転車は、簡単に作ることができる。中古屋さんで錆び錆びの300円くらいのパーツを買い集め、そして20年前くらい前の、なるべく目立たない色の地味なアルミフレームで組み、名もない鉄のホイールを履かせればいい。

現在、盗難戦争に勝利し続けている自転車。クランクが55Tと筆者の男気が伺える Photo: Manabu INO

 しめて3万円。汚なければなおさら良い。見かけは錆びて汚なくても、しっかりグリスアップすれば全く問題なく走るし、考え方を変えれば、重い自転車はそれだけでトレーニングにもなる。そして何よりコストがかかっていないため、もし盗まれても精神的、経済的ダメージが少ないのだ!

 私はこの作戦によって、4年連続で盗難戦争に勝利し続け、大都会東京でのサイクルライフを楽しんでいる。読者の皆様も盗難にはくれぐれも気をつけていただきたい。そして、もしあのピナレロちゃんを盗んだ人がこれを読んでいたら、今からでもそっと返してほしい。

 人生をも狂わす盗難が少しでも減り、私のように悲しい想いをする人がいなくなることを…切に願うのである。

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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