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つれづれイタリア~ノ<93>若手の登竜門で「ビリ賞」が復活 ジロ・ディタリアの歴史に残るもう一つの戦い

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
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 第100回ジロ・ディタリアが幕を閉じました。最終ステージまで総合優勝争いの熱戦が続き、例年にないハラハラドキドキの展開となりました。結果として“マーストリヒトの蝶々”ことイケメンのオランダ人、トム・デュムラン(チーム サンウェブ)が総合優勝でマリアローザを獲得、我がヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)は3位でした。シクラメン色のジャージ、ポイント賞のマリアチクラミーノ、青ジャージの山岳賞マリアアッズーラ、純白の新人賞マリアビアンカ。この4賞ジャージに加えて、実はもう一つの非公式ジャージがあります。ビリ賞を意味するマリアネラ、黒色のジャージです。最下位のレーサーに与えられる“名誉”です。

「ジロ・ディタリアU23エネル」のマリアネラ © Manifattura Valcismon S.p.A

国民に勇気を与えるため誕生

 マリアネラは1946年、第二次世界大戦の敗戦国となったイタリアの人々に勇気を与えるために誕生した背景があります。その面白さに人々が関心を抱き、総合優勝の戦いと同等に人を沸かせました。そのルールは単純明快でした。それは「スポーツに違反する行為をしてはいけない(やるなら隠れてやる)」「タイムアウトにならない」の2つです。

 このタイムアウトが難題で、無線がない時代には計算がとても難しかったのです。そして、オーガナイザーの計算ミスもありました。それでもこの賞は、選手から見て魅力的なものでした。賞金が総合順位の6位よりよかったからです。

初代マリア・ネラチャンピオン、ルイジ・マラブロッカ(イタリア自転車連盟提供)

 初代チャンピオンのルイジ・マラブロッカは、決して弱い選手ではなかったですが、総合優勝ができないとわかった時にせめてマリアネラが取れればと、あらゆる手段に出ました。与えられたあだ名は「パンクの王」。当時は未舗装道路が主流でしたのでパンクは簡単で、近くに誰もいないとわかった時に自らパンクをするという手段も選びました。そして忍びの名人でもありました。最下位を争う選手の背後に回り、ぎりぎりでゴールインしたのです。

 しかし、2年連続で獲得したマリアネラですが、1948年にアルド・ビニに譲りました。なぜかというと、ビニは左手を骨折しながらレースをし続け、人々に感動を与えたからです。そしてマリアネラをビニに“譲った”マラブロッカのフェアプレーに人々も沸いたのです。こうして盛り上がったマリアネラ争いは、マリアローザに相当するほど人々の関心を集めました。そのため、真面目に総合上位を争う選手にとっては不評だったようです。

歴代チャンピオン一覧

1946年 ルイジ・マラブロッカ(イタリア、チーム ミラン・ガッゼッタ)
1947年 ルイジ・マラブロッカ(イタリア、チーム ヴェルテル)
1948年 アルド・ビニ(イタリア、チーム べノット)
1949年 サンテ・カロッロ(イタリア、チーム ウィリエール・トリエスティーナ)
1950年 マリオ・ジェストリ(イタリア、チーム バルタリ)
1951年 ジョヴァンニ・ピナレッロ(イタリア、チーム ボッテッキア)

 1951年を最後にマリアネラが廃止となりました。本来の目的を失い、選手たちの違反行為が目立ちすぎ、しびれを切らした組織委員会は廃止を決定したのです。最後に獲得したのが、なんと、ピナレッロ社を立ち上げたジョヴァンニ・ピナレッロでした。

最後のマリアネラ、ジョヴァンニ・ピナレッロ氏(イタリア自転車連盟提供)

 以後、マリアネラは語り継がれ、どのスポーツでも最下位の人を指す代名詞となりました。そして非公式ではありますが、今年のジロ・ディタリアのマリアネラは、ウィリエール・トリエスティーナのジュゼッペ・フォンツィ(イタリア)でした。

U23ジロで復活

 ジロ・ディタリアの公式ショップでは、毎年おしゃれなマリアネラが販売されていますが、今年はそのウールジャージバージョンもサンティーニ社から発売されました。一方、6月9日から5年ぶりに開催される「ジロ・ディタリアU23エネル」では、マリアネラも最下位の選手に与えられる公式ジャージとして見事に復活するのです。ジロ・ディタリアU23はプロになるための重要な登竜門で、マルコ・パンターニやジルベルト・シモーニら多くのチャンピオンたちがこのレースの洗礼を受けて成長しました。

第100回ジロ・ディタリア記念マリアネラジャージ © SMS Santini
第100回ジロ・ディタリア記念マリアネラウールジャージ ©SMS Santini

 マリアネラのメーカーはカステリ社、ジャージのメインスポンサーはまさにあのピナレッロ社です。イタリアナショナルチーム監督のダヴィデ・カッサーニとピナレッロのファウスト・ピナレッロ社長の働きかけで、ジロ・ディタリアとスポーツマンシップが持っている意味を考えさせるため復活させました。

 残念ながら日本国内ではジロ・ディタリアU23は放送されませんが、マリアネラの行方は気になります。

「ジロ・ディタリアU23エネル」の各賞ジャージ。(左上から時計回りに)ポイント、総合、山岳、ゴールスプリント、新人ジャージ © Manifattura Valcismon S.p.A
マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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