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猪野学の“坂バカ”奮闘記<11>名俳優なのになぜ速い? 筒井道隆さんとのふじあざみライン対決

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 坂バカ俳優と名乗るくらいだから、私の本職は俳優である。いや、そう願いたい。というのも私の職業の割合が本職を上回る勢いで自転車に傾向して来ているからだ。最近はすっかり「自転車の人」「坂の人」「バカな人」という認識だ。たまにドラマに出るとSNSでは「猪野学って俳優だったんだ!」「猪野学ドラマ出てるウケる(笑)」「普段は眼鏡かけてないんだ」と書かれる始末だ。こう見えても過去にはNHKの大河ドラマや朝ドラに出演しており、声優では『スパイダーマン』やレオナルド・ディカプリオの吹き替え、『冬のソナタ』ではパク・ヨンハの吹き替えをして奥様達をざわつかせた輝かしい時代もあった。そう…私は一応俳優なのだ。

素敵な自転車俳優仲間・筒井道隆さん(※筒井さんは坂バカ俳優ではありません)

「速い俳優=売れてない俳優」?

 俳優業と自転車の両立というのは、実はとても難しい。まず仕事があまりにも不規則なため、トレーニングのルーティンが作りにくい。そして俳優は役になり切るのが仕事であり、役になり切るには身も心も120%役と作品に捧げないと出来ない。つまり役を演じながらペダリングの事は考えられないのだ。少なくとも私はそういう不器用なタイプの俳優だ。

マイケルの吹き替えは、残念ながら未だ依頼が来ない

 しかし番組で坂バカ俳優としてやっている以上、上位を目指さなければならない。だから日常を役に捧げつつ、役を離れてよい時間を捻出し、通勤やローラーで何とかポテンシャルを保たなければならない。仕事もしたいが速くもなりたい…このジレンマと闘う事が出来る者だけが、「坂バカ俳優」としてやって行けるのだ。

こんなことばかりしているが、本業は俳優だ

 とまぁもっともらしい事を言っているが、暇な時もある。そんな時は思う存分自転車に乗れるし、ゆっくりとポテンシャルは上がり始める。しかし再び撮影が入るとポテンシャルは自ずと下がる。この繰り返しだ。私はつくづく想うのだが、自転車は乗れば乗るほど強くなる。もちろん乗り方(強度)にもよるが「走行距離=強い」と信じている。つまりだ…「速い俳優=売れてない俳優」…という事になる。

 これはとても複雑だ。私が速くなったら、それは売れてないことを意味してしまう。番組で「目標は表彰台だ!」と叫んでいるが、それが叶った瞬間、私は売れてない俳優だと証明するようなものだ。売れているにも関わらず自転車が速い俳優!私の目指す最終形なのだか、道のりはかなり険しい。

大先輩・西田敏行さんにもお褒めの言葉をいただいた!

 そんな悩める坂バカ俳優の私を、俳優仲間は暖かく見守ってくれている。事務所の先輩の西田敏行氏も「チャリダーにおけるお前の立ち位置良いよ!面白い!」「お前坂バカ!オレ釣りバカ!」と誉めてくれた。とても有り難いのだが、『チャリダー★』は先輩がナレーションを勤める番組『人生の楽園』の裏番組だという事を、ご本人はまだ知らない。このまま知らないでいて欲しい。

‟目覚めた獅子”に思わず動揺

 自転車乗りの俳優というと思い浮かぶのが鶴見辰吾さん。火野正平さん。筒井道隆さん。蟹江一平くんだ。

菰野で私に敗れ、スタジオでもドクターにみっちりしごかれた蟹江一平くん。踏んだり蹴ったりだ

 筒井さんと一平くんとは『チャリダー★』で対決した事もある。一平くんとは我が故郷・三重県で開催された菰野ヒルクライムで対決。「猪野学は敵じゃない」とうそぶくアイツに、8分もの大差を付けて返り討ちにしてやった。

 問題は筒井さんだ。私が愛してやまない富士山国際ヒルクライムで対決する事になったのだが、実際のポテンシャルはどうなのか全く情報がなかった。ヨーロッパのレースにも出る猛者と聞くが、御本人は飄々としていて何を考えているのかまったく読めない。

試走の段階で既に情報戦は始まっていた!?

 まずレースの2週間前に試走ロケが行われた。私が先行しコースを案内する。3キロ地点の「鳥の壁」を過ぎた辺りで筒井さんが遅れ始めた…。実はこの時、私は過ちを犯した。この過ちのために、すでに勝敗がついてしまったと私は思っている。ここで私は本来のポテンシャルを隠し、筒井さんに合わせるべきだった。筒井さんを案内するために走っているのだから当然なのだが、私はなぜかペースを緩めず大差を付けてゴールしてしまった。

ふじあざみラインでの試走では大差をつけてゴール!これが落とし穴だった…

 これが眠れる獅子を起こしてしまった。

 決戦当日…筒井さんは「1時間10分切れればいいかなぁ…」と相変わらず飄々としている。私の目標は自己ベストを更新し59分前半を出す事。目標に10分も差がある。気が緩んでしまった…。この辺りの情報戦にも既に私は負けていた。

 いざスタート!筒井さんの事は考えず坦々と自己ベストを狙う。鳥の壁を過ぎた辺りだった…。信じられない事が起こる。自分を撮影するバイクカメラとは別のエンジン音が聞こえ始め…徐々に近付いてくる…筒井さんのバイクカメラだ!

富士山国際ヒルクライム名物・激坂での蛇行

 「やられたっ!」

  相手は月9でも主演をはった俳優だ…騙された!とても目標が1時間10分の人の速さではない。振り向くと普段の飄々とした表情は消え失せ、完全に私を仕留めにかかっている殺気すら感じた。人はこんなに変わるものか!? さすが一線で活躍する俳優は違う。動揺した私はコース中盤、激坂区間の手前であっさりと抜かされた。これによって私はさらに動揺し、番組でドクター竹谷からきつく禁じられていた「本能剥き出しブレブレ走法」を復活させてしまった。

背後から仕留めようとかかる筒井さんに思わず動揺する筆者

月9主演俳優はダテじゃない

 結局ムダに疲れ果てた私は自己ベストにもまったく届かず、1分の大差で玉砕した。私はこの時の絶望感を恐らく一生忘れない。そのくらい、迫り来る筒井さんは怖かったし、筒井さんの醸し出すゆるい空気に騙された自分が不甲斐なかった。

動揺した筆者はドクターの教えに逆らうという暴挙に出てしまった

 絶望感に落ち込む私をよそに、筒井さんは勝負が終わるとケロッとして、いつもの飄々とした筒井さんに戻っていた。「負けた」「勝った」にこだわるのも大事だが、そんなことよりもこのコースを全力で走った事への充足感が、筒井さんを爽やかに包んでいた。器がデカいというか掴めないというか…この人はすごい先輩だ。月9の主演はダテではなかった。

 今でも筒井さんとは一緒にふじあざみラインに行ったり仲良くさせて頂いている。楽しそうに自転車談義をしてる時の顔を見るとホントに自転車が好きなのだなと思う。かけがえのない、稀少な自転車俳優仲間だ。いつの日か、坂ではなく映画やドラマという舞台で、俳優として競演させていただきたいものだ。

(写真提供:NHK/テレコムスタッフ)

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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