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サイクリスト

ブルーノで行く!アジア自転車旅<3>出会いと挫折のラオス 人の優しさに押されて進む旅路

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 旅する自転車「BRUNO」(ブルーノ)が取り組むキャンペーン「BRUNOが応援する『旅』 ~世界の自転車旅をサポート~ 若者よ旅に出よ!」で挑戦者に選ばれた溝口哲也さん(20)による、香港からタイ・バンコクに向けてのアジア旅は、ベトナムの旅路をラオスへと進みます。アジアの温かさとともに過酷さに触れた溝口さん、それでも前へと進みます。

映画でしか見たことないようなワンシーンがありふれているラオス。一台の車が通ると、しばらく砂埃で何も見えない Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

<2>雨と食中毒のベトナム旅 2日連続のカラオケナイト

白い闇を進むサムライ

 山岳地帯に入った。中国からほとんど平坦だったので、顔が歪みそうな坂の勾配に、久々に心躍らせていた。やはり山はイイ。辛いけど、脚を止めたいと思わない。標高が上がるに連れて霧が濃くなってゆく。まるで白い闇だ。

ベトナムでは棚田が現役だ Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
激しい濃霧、白い闇だ。何も見えない Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 暗くなってくると、本当に何も見えなくなった。道路を走っているのに遭難した気分だ。とある爺さんに呼び止められた。

爺さん「こんな山の霧の中ベトナム人でも自転車で走らねえぞ!」
私「私は日本人だから」
爺さん「おおぉ!サムライかよっ!」

 半分は憶測だが、サムライと連呼していたのが面白く、その後も笑いながら走っていたら、違う人に呼び止められて、そのまま泊まってけという一連の流れ。また助けてもらった。次の日は晴れた。日本を出国してから初めて太陽だった。気分も晴れて、いざラオスへの国境へ。

泊めてくれたユキアさん Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 モクチャウでは茶畑が有名だという話を聞いたので、往復30kmの寄り道をする。静岡県の茶畑を見たことがあるが、ベトナムでも見られるとは思っていなかった。民族衣装を着た子供たちが茶畑を駆け巡っている。あまりにもキレイで、のどかな光景に見とれて、しばらく動くことができなかった。

茶畑の中を駆け抜ける Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
民族衣装が素敵な少女 Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

越えられなかった国境

 寄り道し過ぎたせいで、国境まで行く途中で日が暮れた。標高1400mまで民家もない細い峠道を、ライトを照らしながら登っていく。夜9時に国境のパ・ハンに到着。もちろんゲートは閉まっていた。「ははは。ざまーみろ自分」と慰める。

国境間際、霧の中で野宿 Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 職員にホテルまで20km戻れと言われたので、数百メートル戻って野宿決行。食糧は積んできたし、来るまでに野宿スポットの目処を立てておいた。国境付近ということで、かなり念入りに草木を掻き分けながら山の奥まで進んだので、寝心地は悪かったが、見つかる心配をせずに寝られた。

 朝になり、コソコソと夜明け前に撤収作業。相変わらずの霧でテントが濡れて重くなった。さて、国境越えだ!ドキドキしながら国境ゲートに近づくと、衝撃の事実を知らされた。

 「このゲート、日本人は通れないよ」

 今まで自転車で旅してきて、越えられない山はこれが初めてだ。ヨーロッパの感覚で、国境はどの道でも越えられると信じて疑わなかった。自分の愚かさに絶望するというよりも、ここまできて山を越えられないことを悔やんだ。

国境が通れず、昨晩上ってきた道を引き返す Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
昔日本に住んでいたというブイさん Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

  途方に暮れてもしょうがないので、来た道を戻って250km迂回してのラオス入りを目指す。とはいえ、一度下ってきた山を上り返すのは、退屈ではなく、楽しいものだった。さらに、暑さから逃げるように飛び込んだ屋台では、日本語を話せる女性と出会った。そんな出会いもあり、私の過ちを悔やむ気持ちはサラサラと消えていった。

人の優しさが大きすぎて

木造の高床式の家で乾杯 Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

  夕方、やはりスコールが降りだした。バイク屋で雨宿りさせてもらうと、この先はホテルが無いから泊まっていけの一言。先に進もうという気持ちが人の優しさに負けるくらいに弱いわけじゃない。人の優しさが大きすぎるのだ。何よりありがたい好意に感謝の気持ちを持っている。

 結果的には、進まなくて正解だった。次の日に走った道路は未舗装で、ところどころ崩れかけているような場所を進んだ。こんな道、真っ暗じゃ走れなかっただろう。

竹を積めるだけ積んだトラックと競争して声援を受けた Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
ベトナムには、飲酒運転、過積載、そんな言葉は無いと聞いた(本当かどうかは知らない) Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
ベトナムはとにかく田園風景が綺麗だった Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 夕方まで走り続けたあとに、スコールの雨宿りをした場所でまた出会いがあった。私と同い年のベトナム人たち数人と意気投合して、ビールで乾杯。また先に進めなくなってしまった。それも良いと思えるくらい楽しい夜を過ごした。彼らの住まいは木造の高床式住居だ。一緒に畑に野菜を取りに行って、調理した。ホテルでは味わえない、新鮮な体験だった。夜まで飲んで、そのまま泊めてもらった。

同じ二十歳のベトナムの青年たち Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 ベトナムの人々はとてもフレンドリーだ。そして彼らは日本のことが好きだと言う。ベトナムに来て、それを知れたことが嬉しかった。同時に私もベトナムが好きになった。

念願のラオスも、想像以上に過酷

 「今度こそ、ラオスへ渡るぞ!」

イギリス人のグループと通貨の交換 Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 国境手前の街でご飯を食べていると、ラオスからやってきたというイギリス人の旅行者と出会った。旅の話で盛り上がり、お互いに双方の国に渡るのだから、通貨を交換しようと持ちかけてみた。「それは良い案だ!」とベトナムのドンとラオスのキープの為替を調べて交換。実際にラオスに入国してから最初の街まで60km弱はATMが見当たらなかった。このやりとりのおかげで命拾いした。

  ラオスは想像以上に過酷だった。国境を通過すると同時に道路は狭まり、砂利とくぼみの難しいコンディションに変化する。そして、アジアを走って実感したことは、トンネルが無い。峠では確実に頂上まで道路が続いており、自転車乗りとしての能力を試されている。必死で登った後はブレーキを精一杯握りしめて、ガードレールの無い砂利道を降りていく。さらに内陸国なので一日の寒暖差が激しい。日中は35℃まで上がり、日が暮れると15℃まで下がる。

今にも崩れそうな橋を恐る恐る渡る。さらに家畜が多く、ぶつからないように気を付けながら走る Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
子供たちは私を見かけると「ハロー」と手を振ってはしゃぐ。そんな彼らとハイタッチ交わしながら走ってゆく Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 私は思うように進めず、深夜まで走り続けていた。夜の11時、人に尋ね、在るはずのゲストハウスを求めてさ迷っていたら、「泊まっていきな。」と声をかけられた。ラオスでは無断で外国人を自宅に泊めることが禁止されていると聞いたことがある。そのためかお役所の人と思われる人が来たが、旅の話で盛り上がり、握手をして別れた。土の床に座って米を手で食べる。どの民家も家畜を飼っており、とても賑やか。パチパチと薪が燃える音が心地心好かった。

日が暮れていく、気温が一気に下がっていく Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

力尽き、無念のバス移動

泊めてくれたテムさん夫婦 Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

  夜明け前、激しい腹痛と吐き気で目が覚めた。飛び起きてトイレに駆け込む。この感じ…ベトナムで経験した食中毒だ。朝は泊めてくれたテムさんに心配されぬように装って、感謝を告げて出発。だが、手を振ってさよならした彼らが見えなくなったあと、すぐに路肩に倒れこんだ。

 嘔吐と下痢を繰り返して、茂みの中で妙な寒気を感じていた。 民家もない、人も通らない完全な孤独で、頼りになるのは自分と自転車だけだった。走らなければ、と思うものの腹痛にやられてすぐに止まってしまう。3時間経って走った距離はたったの3km。自分の弱さを実感した。

初めて来た場所なのに、どこか懐かしさを感じる風景である。腹痛に苦しみながら撮影した数少ない写真の一つ Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 こんな状況でも私が望んだ結果だった。助けは求められない。山に囲まれて、他人が介入する余地の無いこの状況では、私は絶対でなければならない。自転車から降りることは許されないのだ。次の村を目指して踏み込み、8時間かけて35kmを走った。まるで歩くような速度だった。

 「無理だ。失敗だ」

 そんな言葉がゲストハウスのベッドで呻く私の脳裏に散らつく。同じゲストハウスに泊まった警察官たちに、バスを使った方が良いと諭されたが、それを拒むほどの気力がなかった。

ゲストハウスでお世話になった警察官の方々。お腹を抱えながらコープチャイ、ありがとう Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
自転車はバスの屋根へ Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

一人じゃないから生きていける

 ヴィエンチャンまでバスで18時間。ラオスの山々は、「所詮お前はその程度だ」と嘲笑うようにそびえていた。アジアを自転車で走ることは、理解の範疇を超えていた。時間の制約があるなかで、私には不可能だったと認めざるを得ない。応援してくれた人たちに、情けなくて申し訳ない。今まで道端で子供達と笑顔でハイタッチを交わしながら走っていたのに、バスではそれが出来ない無力感に駆られ、腹痛による呻き声を殺しながら自分の弱さを思い知った。

ヴィエンチャンのパトゥーサイ。パリの凱旋門の面影があるのも、ラオスはフランスの植民地だった背景がある Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 本来なら自力で到達したかった場所に着くと、これまで散々私を阻んできた山は見えず、辺りは拍子抜けしてしまうほどまっ平らだった。

 ヴィエンチャンはラオスの首都だ。東南アジア最長のメコン川に面しており、その対岸はタイだ。気候はガラッと変わり、昼には40℃まで達する。今が一番暑い時期だそうだ。深呼吸すると喉が火傷しそうな暑さだが、食中毒が治まりつつあり、自転車で走ることができた。国境であるメコン川に架かるタイ=ラオス友好橋を渡る。目的地のバンコクまで残り700km。この700kmは何としても完走するんだ、と決意する。

朝日に輝くタートルアン寺院 Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
涅槃像もタイ周辺ではよく見られる Photo: Tetsuya MIZOGUCHI
灼熱の大地では飲み物は必要不可欠。ココアを差し出してくれる優しいお姉さん Photo: Tetsuya MIZOGUCHI

 ずっと一人で戦っていると思っていた。でも振り返れば、出会って助けてくれた人たち、応援してくれる人たち、友人、家族、いろんな人の協力で成り立っている。一人じゃないから生きていけるのだ。

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