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彼女と自転車<3>経験ゼロから“環島”に挑んだ一青妙さん 「目標が大きいほど得るものは大きい」

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 愛媛県が3月に発表した「四国一周サイクリング」で「PR大使」に就任した、女優でエッセイストの一青妙(ひとと たえ)さん。台湾を一周する「環島」(ファンダオ)の完走経験者として大使の任を受けた。昨年11月に出場した環島イベント「FORMOSA900」(フォルモサ900)で一気に自転車の魅力にハマったというが、驚いたことにロードバイクに乗り始めたのは同年8月。それでもつらかった様子は一切感じられず、むしろ「環島で自転車が好きになった」と語る。挑戦者を魅了する環島の魅力について、一青さんに話を聞いた。

「四国一周サイクリング」の途中、楽しそうな表情を見せる一青妙さん Photo: Kyoko GOTO

「台湾人なら“環島”しないと」

 そもそも一青さんが環島に挑戦したきっかけは、知り合った台湾の自転車メーカー「ジャイアント」のスタッフが、日本人と台湾人のハーフである一青さんに放った一言だった。

 「台湾人でもあるなら、環島は走っておかないと」

参加した「フォルモサ900」のチームメイトたちと台北を出発する前に全員で撮った集合写真 提供: 一青妙
8泊9日で走破した距離は966km 提供: 一青妙

 「環島」とは中国語で「島を一周する」という意味で、自転車に限らずクルマや電車などを利用しても一周すれば環島になる。が、ここ10年間で自転車で一周するのがブームとなり、いまや台湾人のみならず世界のサイクリストが挑戦するサイクリングルートとなった。一青さんもこうした状況を知ってはいたが、まさか自分が挑戦することになるとは思いもよらなかった。

 966kmを8泊9日かけて自転車で一周する。つまり1日あたり80~130kmを走る計算。といわれても不安は感じなかった。それがどんなことなのか想像もつかなかったからだ。それよりも、自転車で台湾を旅するという挑戦に持ち前の好奇心がかき立てられた。ときは8月。誘いを受けた11月の環島イベント「フォルモサ900」(※)まであと3カ月足らずだったが、思い切って挑戦することを決めた。

※「フォルモサ」とは台湾の別称。ポルトガル語で「麗しい島」という意味

台湾の東部に延びる美しい海岸線。この風景が見たくて台湾を自転車で回る人が多いとか 提供: 一青妙
サイクリング中は各地で採れたてのフルーツを堪能 提供: 一青妙

 まずはサイクルウェア選びからスタート。台湾のロードバイク人口は高く、土日になると一般人がぴったりとしたサイクルウェアに身を包んで街を走る。一青さんもその風景をたびたび目にはしていたが、身に着けるのは初めて。パット付きのレーシングパンツを「おむつをはいているみたい」と感じるところから始まった。

 練習を重ね、50kmを走れるようになった。距離が走れるようになるのは嬉しかったが、練習のフィールドは最寄のサイクリングロード。狭く、行き交う人も多い道ではそれほど爽快感は感じられず、正直「これで毎日100km走っても楽しいのかな」と思っていた。結局、限られた時間で50kmを2回しか走れず、ほぼぶっつけ本番で環島に臨むことになった。

初日から人生最長記録

環島を一緒に走った仲間と 提供: 一青妙

 一青さんたちのチームが走ったのは反時計まわりコース。台北を出発して台中、台南、高雄と南下していく。時計回りのコースと比べて序盤に都市部を走るため、道が整備されていたり、1つ1つの都市が近いので休憩がとりやすい。島の最南にある難関の峠越えまで、体を慣らしておけるという点では難易度は少し下がる。とはいえ、ロングライドに不慣れな人にとってはきついことに変わりはない。

 「初日から自分の最長記録でした」と一青さんは笑うが、最初の3日間は正直いうと「よくわからなかった」。チームの皆に付いていていかなければという精神的な緊張感で、景色を楽しんだり、体調の良し悪しを感じる余裕もなかった。

台湾の雲林県と彰化県を結ぶ西螺大橋。もとは鉄道道路併用橋だった 提供: 一青妙

 しかし4日目を過ぎた頃から、自分の意思をもって乗れるようになった。周囲を見る余裕が生まれ、筋肉痛も感じ始めた。実は当時、変速や前後のブレーキの違いもよくわかっていなかったそうで、信号などで停まるたびにチームメイトのアドバイスを受けながら1つずつ覚えていった。ビンディングペダルがはずれずに“立ちごけ”、そしてパンク修理なども経験。それさえ一青さんにとては苦くも新鮮な経験。本人曰く「進化の日々」だった。
 
 日を負うごとに疲労も溜まる。しかし一青さんは、それを苦痛に感じるのではなく、むしろ「日を追うごとに楽しくなり、完走を目指したいという気持ちが強くなった」という。

各地でおいしいものも堪能 提供: 一青妙

 その理由の1つが沿道から送られる声援。台湾では、環島の挑戦者には道行く人やお店の人たちが「加油(ジャーヨウ)!」(がんばれ!)とエールを送ってくれた。それほど環島が台湾に浸透しているということを実感し、「台湾人なら環島しないと」といわれたことも大げさではないと感じた。

 そして、「自分のもう1つの故郷である台湾がどういうところかを見つめる、きっかけの1つにもなった」と語る。小さな島国ながら、場所によって異なる暮らしや文化がある台湾。クルマや電車で巡るより、自転車はそれらをより身近に詳細に感じとることができ、そしてそれを自分の力で実行することの意味を感じた。

台湾一周のゴールを迎えたあと、興奮冷めやらぬ状態で受け取った完走証とメダル 提供: 一青妙

 支えてくれるチームの力も大きかった。「チームでなく、個人や2人だったらあきらめそうな場面もたくさんあった」という一青さん。ゴールした瞬間、約1000kmの道のりをともにしたチームメイトと思わず抱き合って喜びを分かち合ったという。

 「この年齢で、知らない人と抱き合って涙流すってあまりないですよね(笑)。でも、無理だと思っていたことが実現できた達成感はもあいまって本当にうれしかった。大きな目標だった分いろんなことをスポンジのように吸収できて、おかげで自転車が好きになりました」─。

自転車は旅を豊かにしてくれる

 環島での経験は自信にもなった。帰国後もどこか島を自転車で走りたいと思うようになり、プライベートで屋久島を一周するイベントなどにも参加した。ロングライドイベントが目につくようになり、明らかに自分のマインドが変わったことを感じた。

山のある風景を見ていると心が落ち着くのだそう ©愛媛県

 自然の変化にも気がつくようになった。「移動は乗り物が当たり前で、そのフィルターを通しての空気や景色が当たり前になっていた。スマホをもってからは小さな手元の世界に集中し、さらに視野が狭くなっていた。でもサイクリングは違う。自転車に乗ればダイレクトに風を受け、ときに雨が降っても前進しなければならない。でも散った桜の花びら、澄んだ川の流れ、茶褐色の畑に混ざる遠慮がちな新緑にも目が向くようになりました」。そんな自然との距離がうれしかった。

3月14日の記者発表で中村時弘・愛媛県知事からPR大使を任命された一青妙さん ©愛媛県

 そんななか舞い込んできた「四国一周サイクリングPR大使」の話。正直いってはじめは「本当に私でいいの?」と思った。「環島」を完走した経験が評価され、選ばれたと聞いても当時は自転車に乗り始めて数カ月。まだまだ自分を「素人」と思っていたからだ。

 しかし台湾の環島をモデルにしたという四国一周サイクリングルート。しかも距離も約1000kmと、島一周としては偶然にも台湾とほぼ同じ距離であることに、一青さん自身、台湾人と日本人の血が流れる身として両島の関係性に縁を感じた。環島での思い出が甦り、「四国と台湾の環島を結びつける役割を与えてもらった」と考え、引き受けることを決めた。

PR大使として会見で記者団の質問に答える一青妙さん ©愛媛県
PR隊のフラッグに書いたメッセージは「サイクリングでつながる四国と台湾!」 ©愛媛県
四万十川の風物詩、沈下橋。四国一周で一青妙さんが最も印象に残った風景 ©愛媛県 ©愛媛県

 今回の四国一周PRツアーは自転車とバスと組み合わせた旅になり、ゆっくりと地域を巡る時間はとれなかったが、それでも視線は各地の文化に向いていた。

 とくに印象に残った物事をたずねると、「沈下橋」という答えが返ってきた。高知県の四万十川にかかる、欄干のない橋。川の増水時に水面下に沈むことで流失しないように作られた。ときに「暴れ川」といわれるほど氾濫する四万十川と、人との関わりの歴史が感じられる風景に、一青さんは感銘を受けた。

四国一周サイクリングPR隊の皆と過ごす高知の夜。すっかり打ち解けた表情に一青妙さんの人柄が見える ©愛媛県

 「お遍路の文化1つとっても、その土地を訪れないと知り得ないことが多かった」という一青さん。「自転車での環島が台湾の歴史や文化を知るきっかけになったように、四国も次回は自転車のスピードと目線でゆっくり回って色々なものを見たり触れたりしたい」と、その好奇心は尽きない。

「環島で自転車が好きになった」と一青妙さん ©愛媛県

 日本だけでなく、台湾で講演することも多いという一青さん。PR大使として、「台湾人に四国の美しい景色や歴史文化などを伝え、台湾環島と四国一周との違いなども語りたい。もちろん、日本の人たちにも台湾一周の素晴らしさを伝えていきたい」と意欲を示す。

 でも大使である前にサイクリストとして一番伝えたいのは、自らが体験した自転車で巡る豊かな旅。

 「完走できたからいえることだけど、環島の9日間は慣れという期間を含めて楽しめるようになるまでの過程をぎゅっと凝縮した、ちょうどよい期間だったと思います。四国一周のモデルプランも11日間。休みの確保とかを考えるとハードルは高くないとはいえないけど、興味をもったら一生に一度は挑戦してみてほしい」と語った。

一青妙(ひとと たえ)

エッセイスト・女優・歯科医として活躍。台湾の名家・顔家の長男の台湾人の父と、日本人の母との間に生まれ、幼少期を台湾、11歳から日本で暮らし始める。現在、台南市親善大使や石川県中能登町観光大使に任命され、日台の架け橋となる文化交流活動に力を入れる。家族や台湾をテーマにエッセイを執筆し、著書に『私の箱子』『わたしの台南』『わたしの東海岸』などがある。著書を原作にした日台合作映画『ママ、ごはんまだ?』が2月に全国公開し、今春に台湾でも公開予定。主題歌を妹・一青窈が歌い、自身も出演する。

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