スマートフォン版はこちら

サイクリスト

「がんばるばい!熊本」サイクリストが感じた被災地のいま ひと踏みごとに募る復興への願い

  • 一覧

 2016年4月に熊本地震が発生して以来約9カ月。年が明けたいまもなお震災の爪痕は深く、サイクリストの憧れの地といわれる「ラピュタの道」を含む阿蘇のエリアにも当時の被害がそのまま残っています。「自転車で走ることが被災地にとって役に立つとは思えなかったけれど、現状を知るためにここに来たと感じた」と語るのは、熊本にいる自転車仲間との縁で現地を訪れることになった東京都在住の会社員の杉渕ひとみさん。12月初旬、仲間の案内のもと自分の足で走り、見て、感じた思いや現状をリポートします。

阿蘇の縁からカルデラを臨む Photo: Yuka NOGUCHI阿蘇の縁からカルデラを臨む Photo: Yuka NOGUCHI

◇         ◇

復旧の途についたばかりの現地

 東京で熊本地震のことを聞く日は最近では少なくなってきた。だが、現地に足を踏み入れると、実際にはまだ復旧・復興の途についたばかりだった。

倒壊したままの東屋 Photo: Yuka NOGUCHI倒壊したままの東屋 Photo: Yuka NOGUCHI

 街ではブルーシートのかかった建物が目についた。道路も亀裂が残っている箇所もまだまだある。道端の地面に三角屋根が「置いてある」のは何かと思ったら、倒壊したままの東屋だった。

 そもそも熊本を訪れることになったきっかけは、ひとりの熊本の友人と交わした約束だった。Facebookで繋がっていた彼女が一昨年上京した際に初めて出会い、自転車談義に花を咲かせた。そのときに交わした会話は「今度はわたしが熊本に行くからね」「ぜひぜひ!」といった他愛もないやりとりだったけれど、わたしは社交辞令ではなく必ず行くつもりでいた。

 出来れば自転車で走れたらいい。そんなことも思っていた。

 ところが、いつ行こうか考えている間に、2016年4月、大地震が起きた。ますます「行かなければ」という気持ちになった。行くと約束したのだから、地震と関係なく約束は果たさなければならない。自分に何が出来るなんてだいそれた気持ちはなかった。会いに行くことが、例えジェスチャーにしか過ぎなかったとしても、行かずにじっとしている選択肢はなかった。

 「行きます。やっぱり阿蘇をサイクリングしてみたい」

 そう伝えたら、彼女はとても喜んでくれた。ほかの熊本在住の自転車乗りの友人にもお知らせしたところ、一緒にルートを考えてくれることになった。当日は地元の仲間にも声をかけてくれて、6人でのサイクリングとなった。

走って、見て、感じるリアル

 熊本の友人たちが考えてくれたルートは、阿蘇北側の外輪山の道。熊本県道339号大津線、通称「ミルクロード」だ。阿蘇の‟外縁”を走るのだという。熊本地震から、現在(2016年12月)も国道325号の阿蘇大橋は崩落したまま。国道57号線も規制中で復旧途上だった。ミルクロードはその迂回路として使われているため、車の往来が多い。工事車両も多数通って行く。

交通量の多い迂回路を上って行く Photo: Yuka NOGUCHI交通量の多い迂回路を上って行く Photo: Yuka NOGUCHI

 もちろん自転車で被災地を走っても何かの役に立つとは考えにくい。しかもミルクロードは、私の不得手な上りだ。上る意味を聞かれたら自分でもわからない。けれど、息を切らして上りながら、来てよかったとしみじみ思った。走って、見て、感じる。ただそのためにここに来たのだろう。ブラウザの中だけではわからなかった光景が、私にとってのリアルになる。自分の脚で走ってこその自転車乗りだ。

二重峠と書いてふたえのとうげと読む。道路を横切る亀裂が生々しい Photo: Hitomi SUGIBUCHI二重峠と書いてふたえのとうげと読む。道路を横切る亀裂が生々しい Photo: Hitomi SUGIBUCHI

 走り始めからずっとずっと上りだった。上りは本当に苦手だ。ゆっくりゆっくりとまるで歩くようなスピード。斜度が10%を超えてくると止まっているのか走っているのか差がないようなスピードになる。距離約15km、標高差約800m、平均斜度5.5%。関東の自転車乗りになら「1ヤビツ」(※)という単位で伝わるだろうか。

 それでもなんとか止まらずに走り続ける。行き交う車が少なくなってきたと思ったら「二重峠」(ふたえとうげ)の標識が見えてきた。でもここはピークじゃない。まだ走り続ける。遅い私に呆れもせず、にこにことフォローしながら走ってくれる友人たち。「ごめんね」という言葉を飲み込んだ。みんなの楽しそうな様子に、ここが被災の地であることを忘れそうになる。

※ヤビツ峠:神奈川県秦野市にある海抜761mの峠。多くのサイクリストがヒルクライムの練習で訪れることで知られる。

どこまでも広い「ミルクロード」

仲間の声掛けに余裕(のふり)を見せる筆者 Photo: Hiroshi KOBORI仲間の声掛けに余裕(のふり)を見せる筆者 Photo: Hiroshi KOBORI

 すごく息が苦しい。汗をかいているけれど、少しずつ気温は下がっているようだ。そして上るにつれどんどん視界が広がり、空が広くなっていく。

 大きな空に、すぐ近くにあるような白い雲。上っているのに、いつまで経っても道のサイドに崖下は見えない。かといって木々で視界が遮られることもない。代わりに、冬枯れの牧草地がゆるゆると一面に広がって続いていく。 

 傾斜は次第になだらかになり、まるで北海道の平野を走っているような景色が続く。どこまでも大きく、広い。これが阿蘇の道。これがミルクロード。この解放感に、『日本百名道』で「日本離れした風景」と記されていた意味を知った。

なだらかな丘陵地のような道を走る Photo: Yuka NOGUCHIなだらかな丘陵地のような道を走る Photo: Yuka NOGUCHI

 「すごい!」「うわー」「素敵!」─こんな素晴らしい景色の中を走らせてくれた友人たちに感謝と感動を伝えたいのだけれど、なんとも拙い言葉しか出てこない。五感を解放しながら走ると、語彙がすっかり減るらしい。しかも息切れしているので「す…ご」「う…はあ」としか聞こえないに違いない。

あか牛。あちらも私たちを興味深げに見つめる Photo: Yuka NOGUCHIあか牛。あちらも私たちを興味深げに見つめる Photo: Yuka NOGUCHI

 牧草地には当然のごとく牛がいる。というより、牛の縄張りをわたしたちが走らせてもらっているような感覚。

 阿蘇名産の「あか牛」がじーっとこちらを見ている。肉牛なのか乳牛なのか。「ミルクロード」というくらいだから乳牛なのだろうと思ったが、「あか牛丼」なるものが絶品らしいとも聞く。阿蘇は景色が良いだけじゃなくて、美味しいのだろう、きっと。

閉ざされた「ラピュタの道」

通行止めになっていたラピュタ入口 Photo: Hitomi SUGIBUCHI通行止めになっていたラピュタ入口 Photo: Hitomi SUGIBUCHI

 あか牛の穏やかさに癒されながら、ようやく斜度がゆるくなった道をさらに行くと、道の右側に通行止めの箇所が見えてきた。そうか。これが「ラピュタの道」の出入り口だ。

 「ラピュタの道」はもとは農道の市道狩尾(かりお)幹線である。まるであのアニメの「天空の城」のように、雲海の中に浮かぶように見えることからそう名付けられたという。道からも絶景が味わえる、それはそれは美しい道だそうだ。自転車乗りやオートバイのライダーにとっては、いわば「聖地」とされ、私も「いつかはラピュタへ」と憧れていた。以前から豪雨による土砂崩れなどが何度も起き、そのたびに復旧を繰り返してきたが、今回の大地震に遭い、またも通行止めとなった。

 やっと憧れの道まで来た。けれどその出入り口は閉ざされ、足を踏み入れることはかなわない。

行く手を阻む通行止めの看板。この先の道には震災の傷痕が生々しく残る Photo: Yuka NOGUCHI行く手を阻む通行止めの看板。この先の道には震災の傷痕が生々しく残る Photo: Yuka NOGUCHI

 「また復旧するでしょうか」
 「一説には100億円もの費用がかかるらしくてね……」
 「上空から見ると、長い亀裂がずーっと繋がって入っていて、難しいみたいだね」

 胸が痛む。だけど、諦めずにいよう。多くの人の惜しむ声が奇跡を呼ぶよう祈る。そして痛感する。行きたい場所には、行きたいと思った時に行かなくては、と。

美味しいフランクフルトでほっこり。ライド中のおなかにも適量 Photo: Hitomi SUGIBUCHI美味しいフランクフルトでほっこり。ライド中のおなかにも適量 Photo: Hitomi SUGIBUCHI

 そんな複雑な思いとはまた別に、だんだんおなかがすいてくる。元気に生きている証拠。腹時計をはかったような頃合いで現れた「ピッグフルークカフェ」。ここで軽食をとることにする。ドイツの国際コンクールで金賞を受賞したというフランクフルトをはさんだホットドッグが、これまたジューシーで美味しい! 「走る+美味しいものを食べる=にっこり笑顔になる」の法則はどんなときだって共通。また走る元気が湧いてくる。

春に向けて新たな約束

 先へ進むほどに景色はますます雄大になり、空がどんどん近くなる。左はまだまだ牧場のようだけれど、右側は盆地のように見えた。

 「盆地というか…これがつまり阿蘇のカルデラ。私たちはいまカルデラの縁に立っているのです」

 な、なるほど! 「阿蘇の‟外縁”」という意味がここにきてようやく理解できた。カルデラ、広い。すごく広い!

写真左の「根子岳」を顔に、お釈迦様が寝ているように見える阿蘇の「涅槃像」 Photo: Yuka NOGUCHI写真左の「根子岳」を顔に、お釈迦様が寝ているように見える阿蘇の「涅槃像」 Photo: Yuka NOGUCHI

 快晴に恵まれて、そのカルデラの中心となる阿蘇五岳がしっかり見えた。「根子岳」を顔に、お釈迦様が寝ているように見えることから「阿蘇の涅槃像」と呼ばれるそうだ。

 「阿蘇山ってこんなに大きいんだね。こんなに立派なんだね!」

 両手を広げて「わー!」っと叫びたくなる。中岳から噴煙があがっているのが、まるでお釈迦様のおへそから煙が出ているようだと笑い合った。

案内してくれた熊本の仲間たちと(前列中央が筆者) Photo: Hiroshi KOBORI案内してくれた熊本の仲間たちと(前列中央が筆者) Photo: Hiroshi KOBORI

 震災で、傷つき、失ったものはたくさんある。この地の人たちは皆、どれだけ辛い思いをしてきただろう。そう思うとなおさら、この景色を見て笑顔になる友人たちに胸がいっぱいになる。素晴らしいこの自然、みんなの笑顔。失われなかったものたちのなんと強いことか。

 走りに来てよかったと心から思った。次はこの牧草地が緑に染まる季節にも来たい。はるばる一面の緑の景色か。いったいどれほど美しいだろう。あか牛はまた静かに草を食んでいるだろうか。

 坂を上るのはほんとにつらいのだけど、とても苦手だけど、絶対また来よう。新しい約束ができた。

 がんばるばい、熊本──。

杉渕ひとみ(すぎぶち・ひとみ)

会社員で週末サイクリスト。2012年12月にロードバイクを購入後、ロングライドの楽しさにハマり、2014年1月からブルべに参加。2015年と16年は2年連続で、200km、300km、400km、600kmの完走者に与えられる「Super Randonneur」(シュペール ランドヌール)も獲得。でもヒルクライムは大の苦手。

関連記事

この記事のタグ

Cyclist for Woman グルメ・旅(女性向け)

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

ショップナビ

スペシャル

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載