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“自転車革命都市”ロンドン便り<46>海外で人気の“超”長距離レース 「トランスコンチネンタル」完走者に聞く壮絶な実態

by 青木陽子 / Yoko AOKI
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 マルコさんの連載「つれづれイタリア〜ノ」でも長距離ライドが人気になっているというレポートがありましたが、イタリア以外でもこのブームは来ているようです。わたしのロンドンの自転車仲間や英語圏サイクリング界でこの夏最もアツかった話題のひとつは、ベルギーからトルコまでのおよそ4000kmでレースをする「トランスコンチネンタルレース」(TCR)と、アメリカを横断する7000kmの「トランス AM(アメリカ)バイクレース」でした。ウルトラマラソンやウルトラトレイルもますます人気上昇中のようですが、自転車ももちろん例外ではないということのようです。

多くのライダーが、獲得標高は刻んでしまうがスイスアルプスの北側を選んで西に向かった。アイガーの威容を後にし、イナートキルヒェンへの下り、第2チェックポイントのフルカ峠はもうすぐそこだ Photo: George Marshall多くのライダーが、獲得標高は刻んでしまうがスイスアルプスの北側を選んで西に向かった。アイガーの威容を後にし、イナートキルヒェンへの下り、第2チェックポイントのフルカ峠はもうすぐそこだ Photo: George Marshall

孤独と戦うウルトラレース

2位フィニッシュしたニール・フィリップス氏。トンネルなどを設計するエンジニアで、3年前にロードレースとクリテリウムを始め、現在カテゴリー2。Raphaのアンバサダーでもある Photo: Yoko Aoki2位フィニッシュしたニール・フィリップス氏。トンネルなどを設計するエンジニアで、3年前にロードレースとクリテリウムを始め、現在カテゴリー2。Raphaのアンバサダーでもある Photo: Yoko Aoki

 しかも、この2つはどちらもセルフサポートであること(個人的なサポートもつけてはいけない)、チェックポイント以外はどこを走ってもいいというルールが特徴で、仲間同士で助け合って走ることの多いブルベや超長距離イベントとは一線を画する、孤独で壮絶で、ウルトラ感マシマシという印象です。

 このTCRで今年第2位に入ったRaphaアンバサダー仲間のニール・フィリップス氏にその経験を伺いつつ、イベントの仕組みを紹介します。

 第4回TCRの優勝者はベルギー人の中学校教諭クリストフ・アレガート氏。約4000kmをなんと8日と15時間2分で完走しました。彼はこれが3回目のTCR優勝というもはや伝説の人。ニールは9日と17時間43分でした。それでもざっと1日400km。獲得標高もトータルで4〜5万mとのことなので、わたしなぞには想像を絶するスケールです。

第2チェックポイントのフルカ峠。トランスコンチネンタルレース第4回は、7月29日の夜10時にベルギーをスタート、上位入賞者は1日400km以上を走り、優勝者は8日と15時間でフィニッシュした。チェックポイントはフランス、スイス、イタリア、モンテネグロにある4カ所で、ここさえ通ればルートは自由に決められる  Photo: Neil Phillips第2チェックポイントのフルカ峠。トランスコンチネンタルレース第4回は、7月29日の夜10時にベルギーをスタート、上位入賞者は1日400km以上を走り、優勝者は8日と15時間でフィニッシュした。チェックポイントはフランス、スイス、イタリア、モンテネグロにある4カ所で、ここさえ通ればルートは自由に決められる Photo: Neil Phillips

 完走したのも246人中138人のみ。出走者はそれぞれ5分おきに位置情報を発信するGPSデバイスをバイクに装着し、その情報はライブでサイトにアップされていきます。ニールの走ったルートはこのGPSトラッカーページから現在も見ることができます。

ニールのバイクは英のブランドGenesis のアドベンチャー向けフレームDatum、コンポはシマノDi2。ホイールはDT Swissのアルミで、28mmのコンチネンタル4SEASON。フロントに台湾のソルター・プレシジョンのハブダイナモをつけ、前後ライトに使った。バッグはリアがRaphaのアピデュラコラボ、フレームバッグはアピデュラ。身につけるバッグは使わなかった Photo: Neil Phillipsニールのバイクは英のブランドGenesis のアドベンチャー向けフレームDatum、コンポはシマノDi2。ホイールはDT Swissのアルミで、28mmのコンチネンタル4SEASON。フロントに台湾のソルター・プレシジョンのハブダイナモをつけ、前後ライトに使った。バッグはリアがRaphaのアピデュラコラボ、フレームバッグはアピデュラ。身につけるバッグは使わなかった Photo: Neil Phillips

 このGPSトラッカーから、ニールは4カ所のチェックポイントを通りつつ、フランス→スイス→イタリア→スロベニア→クロアチア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→コソボ→セルビア→マセドニア→ギリシャ→トルコの11カ国を走ったことがわかります。ちなみにこのレースは、参加者同士でドラフティングしたり食べものなどを融通し合うことも禁止されていて、出会った時に多少話しながら一緒に走る程度は許容されるものの、あまりに長時間走っているとふたりとも失格になるとのこと。ストイックすぎる……。

ホテルはあらかじめは決めず、真夜中にさしかかる町で見当をつけて空室があれば泊まった。このような旅を想定しパッドにも細かい穴をあけて速乾性を上げてあるRapha Brevetビブと靴下とハットを洗い、ガーミンと携帯を充電し、替えのメリノTシャツとパンツで4〜5時間眠り、朝4時か5時にスタートという毎日 Photo: Neil Phillipsホテルはあらかじめは決めず、真夜中にさしかかる町で見当をつけて空室があれば泊まった。このような旅を想定しパッドにも細かい穴をあけて速乾性を上げてあるRapha Brevetビブと靴下とハットを洗い、ガーミンと携帯を充電し、替えのメリノTシャツとパンツで4〜5時間眠り、朝4時か5時にスタートという毎日 Photo: Neil Phillips

 やっぱりまず気になるのは、睡眠と飲食。ニールの場合はできるだけ毎晩ホテルを見つけて4〜5時間眠るようにしていたそうです。「ベッドでの睡眠4時間は、野宿の6〜8時間に相当するクオリティだから」とのこと。ブルベ経験豊富なベテランには路肩で仮眠派も多く、睡眠時間も短い人が多いそうです。ふだんはロードレースがメインのニールは、睡眠時間を長くとる分、平均スピードを速くして走行。上り以外は最高心拍の60%くらいを目安にしたそうです。

 このホテルに滞在している時間の間に、ビブと靴下とベースレイヤーを洗う。ジャージを洗わないのは、翌朝の出発時に上半身が湿っていると体温ロスがダメージになるからだそう。「メリノウールのおかげか、一度も洗わなくてもあまり臭くならなかったんですよ。少なくとも自分の鼻では(笑)」。

 「食事と水は行き当たりばったりで、あまり選ばず早め早めにしっかり補給。レストランでも宿でもコンセントのあるところではすぐにガーミンとiPhoneを充電。ルートを確認したり、ホテルがありそうな町など目処をつけます。インスタグラムに毎日1枚はポストするようにしていたけれど、ネットを見始めるとあっという間に20分位経ってしまうので気をつけていました」

出場者も錚々たる顔ぶれ

2015年のPBPで1位になったビヨン・レンハード氏を追い越す。笑顔だけれど、熾烈なレースでもある Photo: Neil Phillips2015年のPBPで1位になったビヨン・レンハード氏を追い越す。笑顔だけれど、熾烈なレースでもある Photo: Neil Phillips

 じつはニールもTCRは今年が初めての挑戦ではありません。第3回の去年は、友人と一緒に「ペア」カテゴリーで完走しています(友人はリタイヤ)。この経験から、自分ひとりでなら上位も狙えるかもしれないと思ったそうです。「でも、今年のスタートで顔ぶれを見たら、パリ-ブレスト-パリの優勝者、去年のTCR優勝者や上位者、RAAM(レース・アクロス・アメリカ)3位などの猛者が10人くらいいたので、まさか2位になれるとは謙遜でなく本当に思っていませんでしたね」。

 2回目なので、今年のルート作りはある程度鼻が効いたけれど、チェックポイントやフィニッシュ地点も毎年変わるので新たに引いた区間も多かったそう。下見をする余裕はないので、Stravaで走行人数の多いルートを調べたり、RidewithGPS、Googleマップ、Googleストリートビュー、Google Earthなどを総動員した。オフロードの道も、大きく時間短縮できそうなら選択。けれど、概して他のライダーたちよりも大きめの幹線を選ぶ傾向があったといいます。

今回のレース中の最低気温は10℃、最高気温は写真のボスニアで経験した42℃だという Photo: Neil Phillips今回のレース中の最低気温は10℃、最高気温は写真のボスニアで経験した42℃だという Photo: Neil Phillips

 4000kmの中でいちばん楽しかったのは─? 「モンテネグロがきれいでした。ドゥルミトル国立公園に最後のチェックポイントがあって、そこの人たちがすごくサポートしてくれて応援してくれて、思わず嬉しくなってしばらくおしゃべりしてしまったくらい。あとは、ローカルのドットウォッチャー(GPSトラッカーのドットでライダーの進捗を見ている人たち)が突然あらわれて激励してくれるのもうれしいですね。去年はイタリアとスロベニアで、今年はスイスとイタリアで2人あらわれてくれました」。

マセドニアで見舞われた大嵐。光っているのが稲妻。多少ハイトのあるホイールだったのもあり、道路が冠水してしまうと15cmくらいの水深でも水の流れでスピードをつけては走れなかった。近くに2人ライバルがいて気が急いたが、ホテルに避難 Photo: Neil Phillipsマセドニアで見舞われた大嵐。光っているのが稲妻。多少ハイトのあるホイールだったのもあり、道路が冠水してしまうと15cmくらいの水深でも水の流れでスピードをつけては走れなかった。近くに2人ライバルがいて気が急いたが、ホテルに避難 Photo: Neil Phillips

 反対にこれはヤバいかもと恐怖したのは、マセドニアで遭遇した嵐。豪雨でみるみる道が冠水し、抜かしていくクルマが起こす波にホイールをとられて危険になった。さらにドカドカと間近に落ちる稲妻に見舞われてホテルに逃げ込んだ。だいぶ遅れをとったけれど、翌朝流されたクルマが畑に重なり合っているのを見て、無理せず命を優先してよかったとホッとしたそうです。

 「ほかには大きなトラブルはなかったけれど、やはり極度の疲労の中、気温42℃で向かい風に見舞われて思うように進めなかったりすると、こんなにまでする価値はあるのか? 俺はアホか? と疑問が頭をもたげてきました。でも『ここまで準備したし』とか、途中で帰るとさらにカネがかかるし(笑)と思って乗り切りました」

「レースとしての面白さは増していく」

 レース主催者のマイク・ホール氏によると、トランスコンチネンタルを企画したのは、自身が優勝した超長距離MTBイベント「ツアー・ディヴァイド」やRAAMの人気、仲間内での話などから、超長距離ロードレースへのニーズを感じたからだそう。TCRは初回こそ30人程度でのスタートだったけれど、去年と今年は300人の枠に1000人以上の申込みがあるほどの人気となっている。今後も申し込みはさらに増えそうだけれど、人数を増やしすぎるとライダーが道中で出会う可能性が高まり、セルフサポートのライドを徹底しにくくなるので悩んでいるそうです。

 マイクがセルフサポートを大切にしているのには理由があります。セルフサポートなら参加費を安くできるので(今回は約2万6000円)、多くの人に参加するチャンスを公平に持ってもらえる。仲間に伴走してもらったり、自家用車やキャンピングカーでのサポートを許可すると、お金に余裕のある人がどんどん大掛かりなサポートを始めてレースとしての公平さが失われてしまうと懸念しているのです。ファンライドやツーリングではなくレースであることを大切にしているトランスコンチネンタルならではの、厳しくも清々しいところだと思います。

今年のTCRの雰囲気がわかる、インスタグラムのハッシュタグ#tcrno4。糖分のとりすぎで口内炎に悩まされる話、リタイアしたレーサーからのメッセージ、絶景での感極まった独り言、野犬に追いかけられた話など、多くのドラマを垣間見られる今年のTCRの雰囲気がわかる、インスタグラムのハッシュタグ#tcrno4。糖分のとりすぎで口内炎に悩まされる話、リタイアしたレーサーからのメッセージ、絶景での感極まった独り言、野犬に追いかけられた話など、多くのドラマを垣間見られる

 ツアー・ディヴァイドが4000km、RAAMが4800km、トランスコンチネンタルが4000km、トランスAMが7000km、トランスシベリアン・エクストリームが9200kmと、この数年で加速しているウルトラディスタンスレースですが、この傾向は続くと思うかという質問に、マイクの答えは「たぶんこれ以上距離を伸ばす必要を感じている人は多くないと思う。まだ参加者は経験を積んでいる状態で、これから速い人が増え、レースイベントとしての面白さは増して行くと思いますよ」というものでした。では日本人としてはちょっと聞いてみたかった質問、トランスアジアなんて誰か計画してますかね?には「考え中である」とのみお返事いただきました!

 11月初旬には来年のトランスコンチネンタル第5回の詳細が発表になるとのこと。まだ日本人の出走者はいないようですので、我こそはという人はいかがでしょう?

 最後に2015年のTCRがベースとなった映画『イスタンブールへのレース』のトレーラーを参考までにご紹介しておきます。

青木陽子青木陽子(あおき・ようこ)

ロンドン在住フリー編集者・ジャーナリスト。自動車専門誌「NAVI」、女性ファッション誌などを経て独立起業、日本の女性サイトの草分けである「cafeglobe.com」を創設し、編集長をつとめた。拠点とするロンドンで、「運転好きだけれど気候変動が心配」という動機から1999年に自転車通勤以来のスポーツ自転車をスタート。現在11台の自転車を所有する。ブログ「yokoaoki.com」を更新中。

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