スマートフォン版はこちら

サイクリスト

title banner

つれづれイタリア~ノ<80>“プロごっこ”に潜む危険性 フルームの「あのポジション」をマネしてはいけない理由

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
  • 一覧

 ツール・ド・フランス2016第8ステージで目を疑うシーンがありました。ゴールまで残り16km、最後の山岳ポイント、コル・ド・プレイスル(標高1569m)を目の前に優勝候補のグループが密集。クリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)、ナイロアレクサンデル・キンタナ(コロンビア、モビスター チーム)、ファビオ・アール(イタリア、アスタナ プロチーム)、ラファウ・マイカ(ポーランド、ティンコフ)などが牽制に入るなか、下りでフルームが‟奇襲アタック”をかけました。

ツール・ド・フランス2016第8ステージ、最後のダウンヒルで‟奇襲アタック”をかけたフルーム ©RCS Sport 2016ツール・ド・フランス2016第8ステージ、最後のダウンヒルで‟奇襲アタック”をかけたフルーム ©RCS Sport 2016

 ゴールまでほぼ下り坂。ダウンヒルを得意とするキンタナやアールが優位に立つだろうと誰もが考えていましたが、下りを得意としないはずのフルームがキンタナの一瞬の隙をついて猛スピードでアタックし、最終的にステージ優勝。そしてマイヨジョーヌを獲得しました。

この区間優勝とともに総合首位のマイヨジョーヌに袖を通したフルーム Photo: Yuzuru SUNADAこの区間優勝とともに総合首位のマイヨジョーヌに袖を通したフルーム Photo: Yuzuru SUNADA

 ステージ優勝とマイヨジョーヌの獲得自体は偉業ですが、そのダウンヒルのフォームがあまりにも大胆かつ不格好すぎて誰もが目を疑いました。イタリアのコメンテーターの口からも「絶対にマネしないでください」と忠告が出るほどでした。以前この忠告が出たのは、元イタリアチャンピオン、マルコ・パンターニの時だけでした。

 しかし、チャンピオンたちのマネはしたくなるもの。イタリア各地の市民レースではフルームをマネする人が続出し、そしてダウンヒルでの落車も急増(イタリアの大会は必ず長い下りが入ります)。ジュニアの大会でも30%以上の選手たちがすぐにマネをし始めました。

 トップチューブにお尻を乗せて、下のハンドルを握り、胸はハンドルの上へ。自転車アニメ『弱虫ペダル』の「御堂筋翔」という強烈な印象のキャラクターに非常に似ています。まるで漫画の世界が現実になったようです。

 空気抵抗を軽減するためにトップチューブに座ること自体は、決して珍しいことではありません。ヴィンチェンツォ・ニバリ(アスタナ プロチーム)も得意とするポジションです。しかし体の軸を前輪に乗せ、ペダルを回すポジションは前代未聞でした。

サヴォルデッリ「プロでさえ取らないポジション」

 私も下りが得意ではありませんので、「ダウンヒルの魔術師」と呼ばれるイタリアの元プロ選手、パオロ・サヴォルデッリにフルームのポジションの有効性についてメールで尋ねてみました。多忙だと知っていましたので返事が来ないだろうと思ったら、返事が返ってきました。それも、考えさせられる答えでした。

パオロ・サヴォルデッリ(イタリア)1973年生まれ、1996年にプロデビュー。2002年と2005年にジロ・ディタリア総合優勝。山岳ステージを得意とする選手として「ファルコ」(鷹)という呼び名で親しまれていた。2008年に引退し、現在、スポーツコメンテーターとして活動中 Photo:  Yuzuru SUNADAパオロ・サヴォルデッリ(イタリア)1973年生まれ、1996年にプロデビュー。2002年と2005年にジロ・ディタリア総合優勝。山岳ステージを得意とする選手として「ファルコ」(鷹)という呼び名で親しまれていた。2008年に引退し、現在、スポーツコメンテーターとして活動中 Photo: Yuzuru SUNADA

 サヴォルデッリによると、フルームのポジションはメリットとデメリットがあるそうです。メリットとしてペダリングは楽にできるため下りでも加速できます。一方、全身が安定しないため自転車がふらつき、うまくコントロールできません。集団の中でやると、接触の危険性が高くなります。その上ブレーキが握れないため、危険の際に素早く体を起こし、俊敏にブレーキをかけることができないと考えられます。プロでさえ、普段は誰も取らないポジションだそうです。

“フルーム”型よりTTフォームが空気抵抗を軽減

ダウンヒル時の空気抵抗を表した図。(1)TT型:空気抵抗は一番少ない(2)卵型:サドルに座り、下ハンドルを握ると、TTより+1%の空気抵抗を受ける(3)‟フルーム”型:TTより+1.6%の空気抵抗を受ける(4)上ハンドル型:サドルに座り、体を起こすとTTより+9.9%空気抵抗を受ける ©2016 Eindhoven University of Technologyダウンヒル時の空気抵抗を表した図。(1)TT型:空気抵抗は一番少ない(2)卵型:サドルに座り、下ハンドルを握ると、TTより+1%の空気抵抗を受ける(3)‟フルーム”型:TTより+1.6%の空気抵抗を受ける(4)上ハンドル型:サドルに座り、体を起こすとTTより+9.9%空気抵抗を受ける ©2016 Eindhoven University of Technology

 さらに面白いデータを見つけました。自転車競技の研究に携わっているオランダのアイントホーフェン工科大学、ベルト・ブロッケン博士の研究グループによれば、空気抵抗に関していえば、サドルに座った時とフルームのポジションの時の空気抵抗は前者のほうが有利のようです。ちなみに空気抵抗が一番軽減されているフォームはタイムトライアルのようです(2016年7月19日発表)。

 報道によればフルームの自転車も特別仕様のようです。確かにピナレロ社のファウスト・ピナレロ社長がイタリア国営のインタビューに応じ、フルームがダウンヒルを得意としない選手だと認めた上で、フォークのジオメトリーを変えたと話しています。フルーム仕様のバイクのフォークオフセットを43mmから47mmに変えたところ、ダウンヒルが安定したそうです。そこでフルームとチームメイトのミハウ・クフィアトコフスキー(ポーランド)が様々な研究に乗り出し、その結果、あのフォームが生まれたのではないかと推測しています。現在、フルーム自身はあの独特なポジションを封印し、ツール・ド・フランス以降2度と使っていません。

プロのスキルをもって編み出される技

 フルーム、ニバリやパンターニの極端なポジションは彼ら独自の研究に基づく結果であり、現在も進化し続けています。私たち一般レーサーがむやみにその開発段階の技をマネしてしまうと、命にかかわる事故が発生することもあります。

 サヴォルデッリからの最後のアドバイスですが、ダウンヒルがうまくなるには、同じ場所でずっと下りの練習をすることだそうです。少しずつカーブの入る角度を深くし、スピードと自転車の傾きに慣れていくことです。やはり反復練習が重要なんですね。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

関連記事

この記事のタグ

つれづれイタリア~ノ

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

スペシャル

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載