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サイクリスト

監督兼主役、今村彩子さんインタビュー耳が聞こえない監督が自らの自転車旅を綴る…映画『スタートライン』が問うもの

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 聴覚障害のある映画監督、今村彩子さんが57日間におよぶ自身の日本縦断自転車旅を綴った映画『Start Line』(スタートライン)が9月から、東京・名古屋・大阪で公開される。旅のなかで道に迷ったり、“聞こえる人”との会話に四苦八苦しながら壁を乗り越えようとする自身の姿を通して、「本当のコミュニケーションとは何か」を問いかけるドキュメンタリー映画だ。自転車旅をすることになった経緯や、作品に込めた思いについて今村さんに聞いた。

生まれつき耳が聞こえない映画監督今村彩子さんが、自らの日本縦断自転車旅をつづった映画『Start Line』 ©Studio AYA生まれつき耳が聞こえない映画監督今村彩子さんが、自らの日本縦断自転車旅をつづった映画『Start Line』 ©Studio AYA

絶望の日々から救ってくれた自転車

 今村さんは生まれつき耳が聞こえず、幼い頃から健聴者とのコミュニケーションに壁を感じてきた。そのたび「聞こえないから仕方ない」と思う一方で、それを言い訳にして逃げている自分を責め続けてもいたという。

「知らない土地を訪れると自転車で走りたくなる」ほど自転車が好きという今村彩子さん。この日巻いていたショールも自転車柄 Photo: Kyoko GOTO「知らない土地を訪れると自転車で走りたくなる」ほど自転車が好きという今村彩子さん。この日巻いていたショールも自転車柄 Photo: Kyoko GOTO

 映画監督として、人間として次のステージに進むためには、これまで直視することを避けてきたコミュニケーションに対峙するしかないと決意。監督業16年目にして、コミュニケーションを題材とする映画を撮ることを決めた。

 きっかけとなったのは2年前に突然訪れた母親と祖父の死。気力をなくし、「死んでもいい」とさえ思うようになっていた日々の中で、クロスバイクに出会った。ペダルをこいだ時に全身で感じた風が次第に彼女を覚醒させ、「死を思うくらいなら、夢だった日本縦断をしよう」と奮起した。

「困難は自力で解決する」が鉄則

沖縄から北海道まで3824km、57日間の旅(映画『Start Line』より) ©Studio AYA沖縄から北海道まで3824km、57日間の旅(映画『Start Line』より) ©Studio AYA

 「自転車で日本中を旅する」、「コミュニケーションをテーマに新しい作品を撮る」という二つの思いが一つになった。新たにジャイアントのツーリングバイク「グレートジャーニー」を購入し、自転車に搭載する撮影機材は色々試した中からソニーの「アクションカム」を選んだ。

 数々のドキュメンタリー作品を手掛けてきたが、自分自身が被写体(主人公)となる作品は今回が初。そして伴走者でもあるカメラマンとの二人三脚の撮影スタイルもこれまでにない試みだった。

ゴール地点の北海道宗谷岬で伴走者の堀田哲生さんと記念撮影(映画『Start Line』より) ©Studio AYAゴール地点の北海道宗谷岬で伴走者の堀田哲生さんと記念撮影(映画『Start Line』より) ©Studio AYA

 スタート日は2015年7月1日。沖縄から北海道の宗谷岬までの3824kmを57日間かけて走る。自転車旅には体力はもちろん、身の安全確保、計画性、そして道を探すことなどさまざまなスキルが求められる。

 今村さんは補聴器をつけているが、それでも聴力は大きな音を認識できる程度。基本的に口の動きを読む読唇術で相手の話を理解するため、「初対面の人だと読み取ることは難しい」という。今村さんの話す言葉は、幼いころからの母親の教育のおかげもあって、普通に聞き取ることができる。

 今村さんに自転車を教えた自転車販売店のスタッフで、伴走者を務める堀田哲生さん(哲さん)は健聴者ながら少し手話が使える。しかし決めたルールは基本的に「撮影すること以外は助けない」。困ったら今村さん自身が解決法を探す。もちろん人に話しかけることも自分でする。「聞こえないことより、聞こえる人と接する時が問題」という今村さんにとっては、これが旅の最大の課題でもあった。

ゴールでみつけたものは…

お世話になった宿の人たちと。旅で出会った人は延べ300人 (映画『Start Line』より) ©Studio AYAお世話になった宿の人たちと。旅で出会った人は延べ300人 (映画『Start Line』より) ©Studio AYA

 とはいえ聞こえないハンディは大きく、現実の厳しさにへこんで「夜、布団の中でこっそり泣いた日も一度や二度ではなかった」という。嬉しい出会いがある一方で、人の輪に入っていけないことも多々あった。思うようにできない自分に苛立ちがつのり、塞ぎ込む今村さんに哲さんから「何もできないって思い込んでるだけ」と厳しい指摘が飛んだ。こらえ切れない思いがあふれ、2人は何度もぶつかり合った。

同じく日本縦断の旅をしていたオーストラリア人、ウィルとの出会い。彼もまた、聴力にハンディキャップを抱えていた(映画『Start Line』より) ©Studio AYA同じく日本縦断の旅をしていたオーストラリア人、ウィルとの出会い。彼もまた、聴力にハンディキャップを抱えていた(映画『Start Line』より) ©Studio AYA

 悩む彼女に、北の大地で奇跡的な出会いが訪れる。自転車で日本縦断の旅をするオーストラリア人、ウィル。彼もまた、聴力にハンディキャップを抱えていた。

 聞こえない上に、片言の日本語しか話せないウィルが楽しそうにコミュニケーションする姿に驚いた今村さん。そんな彼女にウィルが言った言葉。「ピープル インサイド オナジ」(内面は皆同じ)。その言葉を胸に残りの数日、ペダルをこぎ続けた今村さん。最北端の地で迎える旅の終わりに、彼女が見つけたものとは…。

何かをためらっている人にも観てほしい

監督の今村彩子さん。旅で身に着けていた「日本縦断中」の旗をもって Photo: Kyoko GOTO監督の今村彩子さん。旅で身に着けていた「日本縦断中」の旗をもって Photo: Kyoko GOTO

 旅を終えて今村さんは、「聞こえないことは一生治らないけれど、コミュニケーションが下手なのは練習すれば克服できる。哲さんのいった言葉はすごく厳しかったけど、『あなたは聞こえないからできない』といわれるよりも希望のある言葉。耳が聞こえない人たちも、映画をみてその言葉の意味を感じてほしい」と語った。

 また、健聴者に向けても「理由をつけて逃げてしまう人は障害の有無に関係なくたくさんいる。でも勇気を出してやってみたらもっと世界が広がるので、いま何かをためらっている人にもこの映画を観てほしい」と語った。

『Start Line』上映情報

©Studio AYA©Studio AYA

【東京】
 新宿K’s cinema
 9月3日(土)〜9月30日(土)
【愛知】
 シネマスコーレ
 9月17日(土)〜未定
【大阪】
 第七藝術劇場
 10月予定
※ほか、全国順次公開予定
 全国共通特別鑑賞券:1,300円(税込)発売中

■映画祭・自主上映
【大阪】
 ヒューマンドキュメンタリー映画祭
 日時:8月27日(土)10:00〜(阿倍野区民センター)
【愛知】
 あいち国際女性映画祭
 日時:9月8日(木)10:00〜(ウィルあいち)/9月10日(土)13:00〜(アイプラザ半田)

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