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山下晃和の「ツーリングの達人」・アメリカ フロリダ編<3>未経験者にもおすすめ 新しいスタイルの気軽な海外自転車旅

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 キャンプ場で迎える朝。清々しい空気と相変わらず広いフロリダの青空。テントのフライシートが濡れていたので夜露かと思ったが、夜中にスコールが降ったようだ。脱水寸前で、うつむきながら漕ぎ続け、疲れていたせいで熟睡していた。夢の中でそんな雨音が聞こえていたような気もする。日本の梅雨から逃げるようにアメリカまでやって来たのに、フロリダは7月が雨量が一番多い月らしい。それでも、30分から1時間ほど雨宿りすれば回避できるから潔い。熱帯の国、マレーシアやシンガポールのイメージだ。

←<2>宿探しもエンジョイ ホステルとキャンプを組み合わせた自転車旅

マイアミからタンパに向かう道で見つけた一番壮大な景色に感動。LA辺りは緑が少なかったが、フロリダ半島は緑が多かった Photo: Akikazu YAMASHITAマイアミからタンパに向かう道で見つけた一番壮大な景色に感動。LA辺りは緑が少なかったが、フロリダ半島は緑が多かった Photo: Akikazu YAMASHITA

長い一本道は「哲学の時間」

 一直線な道も慣れるとリズムがつかめてくる。峠や山がないと単調と思うだろうが、僕はその変化のない道でも楽しむ術を知っていた。自転車で漕ぐ時は「哲学すること」とタイのゲストハウスのオーナーに教わっていたからだ。それからは「なぜ自分はアメリカを走っているのだろうか」から始まり、「アメリカを旅するとはどういうことか。そもそも自分は何なのか」などと突き詰めていくうちにあっという間に50kmくらい走れているのである。

道に「MERGE」と書いてあると、少しだけ車道と同じところを走らなくてはならない。細心の注意を Photo: Akikazu YAMASHITA道に「MERGE」と書いてあると、少しだけ車道と同じところを走らなくてはならない。細心の注意を Photo: Akikazu YAMASHITA

 それにしても、フロリダの真ん中を走る「27号線」の路面は走りやすかった。路肩が、ちょうどパニアバッグを付けた自転車1台分くらいの幅があり、車やトラックのタイヤ片さえ踏まなければ気を遣うところもない。時々「MERGE」と書かれた道が現れる。「合流点」という意味らしく、車と同じ道を走ることになるが、左後ろに首を回転させてトレーラーが来ているかどうかを確認すればなんら怖いこともない。

 気温が高くて暑いが、空気はいい。時々車にひかれてしまったワニやアルマジロの死骸を見てびっくりするが、逆に言うと、こういう動物が近くにいることに感動する。タンパの近くの道では鳥が道を横断するところを自動車が停止し、渡りきるまで見守るシーンまで目の当たりにした。動物に対して思いやりがある人が多いなあと感心したものだ。

自然の中に‟おじゃま”させてもらったキャンプ

 次の街まで行き、人に聞いたり、インターネットで調べたりしてキャンプ場を探し当て、テントを張った。荷物をその中に入れ、スーパーマーケットまで空荷の自転車で買い出しに行く日々が続いた。全工程は約450kmだったので、距離を刻んで大体5日間でフロリダ州中部のメキシコ湾側にあるタンパまで駆け抜ける計算だった。

一番気に入ったキャンプ場はこのリトルマナティー州立公園の近くにあるCanoe Outpostのキャンプサイト。近くには川があり、文字通りカヌーができます。ジャングルのような森の中にテントを張ることができる貴重なキャンプサイト Photo: Akikazu YAMASHITA一番気に入ったキャンプ場はこのリトルマナティー州立公園の近くにあるCanoe Outpostのキャンプサイト。近くには川があり、文字通りカヌーができます。ジャングルのような森の中にテントを張ることができる貴重なキャンプサイト Photo: Akikazu YAMASHITA

 テント泊したキャンプ場の中では、タンパから50kmくらい南に位置するリトルマナティー州立公園の中にある「little manatee river Canoe Outpost」が最高だった。

 ジャングルのような鬱蒼とした森の中にテントを張るスペースがあり、野鳥たちの鳴き声が「グワッグワッ」だったり、「グエー」だったり、「ガガガガ」だったり合唱をしていて、夕方に蚊が大量に発生したと思ったら、足元をアリが這ってチクチクと足を噛んで足首をボコボコにするというワイルドさだった。アメリカ西海岸の緑が少ない乾いた荒野と比べると、生き物や木々の存在感があまりにも強くて、自然の中にちっぽけな人間が入らせてもらっているという感覚が強かった。

キャンプ場に着くやいなやスクラバウォッシュバッグで洗濯して、洋服を干す。次の日には乾いているものもあれば、乾かないものもある。乾かない場合はキャリアに括りつけて走る Photo: Akikazu YAMASHITAキャンプ場に着くやいなやスクラバウォッシュバッグで洗濯して、洋服を干す。次の日には乾いているものもあれば、乾かないものもある。乾かない場合はキャリアに括りつけて走る Photo: Akikazu YAMASHITA
出発前のわずかな時間でも洋服を乾かしておく。歯磨きなどをしながら作業するのがオススメ。ファイントラックの「スキンメッシュ」は毎日着て、毎日洗っていた気がする Photo: Akikazu YAMASHITA出発前のわずかな時間でも洋服を乾かしておく。歯磨きなどをしながら作業するのがオススメ。ファイントラックの「スキンメッシュ」は毎日着て、毎日洗っていた気がする Photo: Akikazu YAMASHITA

自転車旅は地域の生活に溶け込む

 暗くなる前に買い出しへ。キャンプ場から南下すると5分ほどのところにメキシカンレストラン兼コンビニエンスストアがあったが、北上すると20分ほどで「walmart」という大型のスーパーマーケットがあることが分かり、そちらを選んだ。

お昼ご飯はレストランがあれば入るが、ガソリンスタンド併設のコンビニしかない場合はパンやジュースを買って補給をする。地べたに座って、しばらくノンビリする時間 Photo: Akikazu YAMASHITAお昼ご飯はレストランがあれば入るが、ガソリンスタンド併設のコンビニしかない場合はパンやジュースを買って補給をする。地べたに座って、しばらくノンビリする時間 Photo: Akikazu YAMASHITA
「Conchita」というフロリダ産のグァバジャム。びっくりするほどおいしかった Photo: Akikazu YAMASHITA「Conchita」というフロリダ産のグァバジャム。びっくりするほどおいしかった Photo: Akikazu YAMASHITA

 アメリカの大きなスーパーマーケットではめずらしい商品を見ているだけでも楽しくて、ペーパーナプキン、雑貨、カラフルなお菓子などを買い込みたい気持ちをグッと抑えて、今夜は何を食べようかと考える。すると、フロリダに暮らしているような錯覚を覚える。自転車旅を続けているとそこの住人とシンクロする感覚がたまらなく心地いい。

 ローカルたちの買い物カゴをチラ見して、食材を買い、その店のオリジナルのエコバッグをちゃっかり手にして「I don’t need bag.(ビニール袋は要りません)」なんて慣れたふりをする。テントに戻って、キャンプサイトに来ている他の客たちの仕事や肩書きを想像しつつ、コーラを片手にベーグルを頬張る。

 偶然見つけた「Conchita」というフロリダ産のグァバジャムがあまりにも美味しくて、目を丸くして再度ビンを見つめた。フルーティーな香り、つぶつぶ感、絶妙な酸味が素晴らしい。

夜露に濡れると革サドルもしっとりする。表面は手ぬぐいで拭いて、少し乾かせばまた問題なく座り心地が回復する。長距離ツーリングに「BROOKS」の革サドルは必要不可欠。世界中のサイクリストがこれを選ぶ Photo: Akikazu YAMASHITA夜露に濡れると革サドルもしっとりする。表面は手ぬぐいで拭いて、少し乾かせばまた問題なく座り心地が回復する。長距離ツーリングに「BROOKS」の革サドルは必要不可欠。世界中のサイクリストがこれを選ぶ Photo: Akikazu YAMASHITA

 ベーグルも3.99ドルで5つ入りという破格にも関わらず、アメリカ人が好きそうなくらい巨大なので噛みごたえがあって顎が疲れるほど。アウトドア用のナイフでカットし、そこに溢れんばかりジャムを入れたものだから、しばらくしたらこぼしてしまう。アリが来ることを恐れて、思いっきり土に埋める。そんな自分の行動がなんだか笑えてくる。「ああ、なんて幸せなのだろう」と。

意外にもバイクフレンドリーな街タンパ

タンパまであと3kmというところで、大雨のスコールに遭ってしまう。雨風をしのぐ場所がなくて、急いで木の下に隠れるものの、全身びしょ濡れになり。この後、30分ほど動けず Photo: Akikazu YAMASHITAタンパまであと3kmというところで、大雨のスコールに遭ってしまう。雨風をしのぐ場所がなくて、急いで木の下に隠れるものの、全身びしょ濡れになり。この後、30分ほど動けず Photo: Akikazu YAMASHITA

 道が段々と広くなり、建物が増えてきてタンパまで残り23マイルという表示が出てくる。今回は自転車移動が5日間という短い期間だったため、もう終わってしまうのかという寂しさを覚えていた、が昼を過ぎた頃に強烈なスコールに遭った。「神様はちゃんと試練も与えてくださいますね」と気を引き締めつつ、全身びしょ濡れになってタンパ市内に入った。

 あまりにも洗練されていて、おしゃれなストリートだと思ったら、葉巻産業の町として多くの移民を受け入れたイーボー地区だった。タンパで有名な観光地だ。昔の映画のセットのようなラテンな雰囲気、オレンジ色の石畳に、お土産屋さんやバーなどが軒を連ねていた。

タンパの街に着くと、すぐにイーボー地区に居ることに気づく。葉巻産業で栄えたキューバ文化があるような赤い石畳と、ヤシの木、ラテンの音楽、カフェ、レストラン。夜はバーがきらびやかになるそう Photo: Akikazu YAMASHITAタンパの街に着くと、すぐにイーボー地区に居ることに気づく。葉巻産業で栄えたキューバ文化があるような赤い石畳と、ヤシの木、ラテンの音楽、カフェ、レストラン。夜はバーがきらびやかになるそう Photo: Akikazu YAMASHITA

 「The Blind Tiger CAFÉ」(ブラインド・タイガー・カフェ)というおしゃれなカフェがあったので、ホットコーヒーのアメリカーノを買って外のベンチに座った。ウエアが濡れていたので、中の冷房が辛かったからだ。するとビアンキの自転車に乗った背の低い白人の若い男の子が、「どこから来たんだ?」と声をかけてきた。マイアミから走ってきたというと「Good Shape! それは凄いね。僕も自転車が大好きなんだ。毎日乗るよ」と自転車好きアピールがあって、微笑ましかった。

タンパ市内にはレンタルサイクルもあって、便利。こちらはファーマーズマーケットの近くにあったステーション Photo: Akikazu YAMASHITAタンパ市内にはレンタルサイクルもあって、便利。こちらはファーマーズマーケットの近くにあったステーション Photo: Akikazu YAMASHITA
「Drama Burger」というハンバーガー屋さんでもバイク用パーキングスペースがあって、タンパ全体がバイクフレンドリーな街で驚いた。「HART」というバスには無料でラックに載せられたり、バイクレーンの充実ぶりだったり、アメリカのポートランド並みの環境だ Photo: Akikazu YAMASHITA「Drama Burger」というハンバーガー屋さんでもバイク用パーキングスペースがあって、タンパ全体がバイクフレンドリーな街で驚いた。「HART」というバスには無料でラックに載せられたり、バイクレーンの充実ぶりだったり、アメリカのポートランド並みの環境だ Photo: Akikazu YAMASHITA
タンパで一番人気だったコーヒーショップ「Buddy Brew Coffee」はタンパ市内に数店舗あって、大きな自転車ラックがあり、ヘルメットを持っていくと割引まであるという自転車乗りに嬉しいサービスがあった Photo: Akikazu YAMASHITAタンパで一番人気だったコーヒーショップ「Buddy Brew Coffee」はタンパ市内に数店舗あって、大きな自転車ラックがあり、ヘルメットを持っていくと割引まであるという自転車乗りに嬉しいサービスがあった Photo: Akikazu YAMASHITA

 タンパの街には「HART」(ハート)というバスが通っていて、そのラックに無料で自転車を載せられる。バイクレーンもきちんとあり、ダウンタウンには車道とは別の自転車専用道まであった。日曜になると教会に向かう夫婦がロードバイクで乗りつけていたり、想像以上にバイクフレンドリーな街だと感じた。

 インターネットで地元の自転車屋を見つけていたので、帰りの飛行機で輪行するための箱を譲ってもらいにいった。白髪頭で職人気質の雰囲気がある年配のオーナーらしき人は、チャキチャキした話し方だが、自転車が描かれている黒いTシャツがお茶目で可愛らしい。

 「今日は来なかったから火曜日に来てくれ。日曜は休みで、月曜は独立記念日だから。朝9時には用意しておくよ」という約束をして、「Gram’s place hostel」という1泊28ドルのホステルに落ち着いた。

「Gram’s Place Hostel」はタンパで唯一のホステル。ドミトリーなら1泊28ドルで朝食付き、シャワーも快適、自動販売機にはコーラライトがあって、買い物に行かなくてもすむ。冷蔵庫、キッチンも自由に使える。ダウンタウンより北側 Photo: Akikazu YAMASHITA「Gram’s Place Hostel」はタンパで唯一のホステル。ドミトリーなら1泊28ドルで朝食付き、シャワーも快適、自動販売機にはコーラライトがあって、買い物に行かなくてもすむ。冷蔵庫、キッチンも自由に使える。ダウンタウンより北側 Photo: Akikazu YAMASHITA

 ロックな感じの青い短髪の女性オーナーが「よく来たね~」と迎え入れてくれた。「自転車は中に入れていいよ」と中庭のようなところに置かせてもらった。ドミトリーは6ベッドで狭いが居心地がよく、アメリカでは珍しい自動販売機もある。キッチンは自由に使え、朝食付き。リビングにはテレビがあって野球を見たり、シアトルから車で来たという旅人と話をしたりして楽しんだ。

ホステルから歩いて10分のところにある「ジョーホスキンズバイクショップ」という自転車屋で自転車用のダンボールをもらって、梱包。パーツ類がズレないようにしっかりと敷き詰めて入れた Photo: Akikazu YAMASHITAホステルから歩いて10分のところにある「ジョーホスキンズバイクショップ」という自転車屋で自転車用のダンボールをもらって、梱包。パーツ類がズレないようにしっかりと敷き詰めて入れた Photo: Akikazu YAMASHITA

 タンパにはフロリダ最大の水族館や大きなショッピングモールも多く、隣町にはメジャーリーグチーム「タンパベイ・レイズ」の本拠地である野球場があった。ダリ美術館があり、ダウンタウンの近くには博物館も多く、ウォーターフロントには公園があってスカイスクレイパー(高層建築)を見ながら散歩もできる。キューバサンドという名物の美味しいサンドイッチを作るデリや、有名な人気カフェも点在する。自転車移動にもちょうどいい広さで、疲れたら前述のバスに載せられる気軽さもある。

 そんな土地勘が身体に染み付いたころ、帰国する日が来た。

 先進国を数日間自転車で走ったことで、これまでの厳しい旅とは違う新しいステージの海外自転車旅の形を体験できた。海外自転車旅未経験の人でも簡単で走りやすく、「アメリカで最も太陽が輝く州」と呼ばれる自然いっぱいのフロリダ半島はオススメだ。ぜひ多くの旅サイクリストに走ってもらいたいし、僕もいつかまた訪れたいと思う。

山下晃和山下晃和(やました・あきかず)

タイクーンモデルエージェンシー所属。雑誌、広告、WEB、CMなどのモデルをメインに、トラベルライターとしても活動する。「GARRRV」(実業之日本社)などで連載ページを持つ。日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)評議員でもあり、東南アジア8カ国、中南米11カ国を自転車で駆けた旅サイクリスト。その旅日記をもとにした著書『自転車ロングツーリング入門』(実業之日本社)がある。趣味は、登山、オートバイ、インドカレーの食べ歩き。ウェブサイトはwww.akikazoo.net

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