スマートフォン版はこちら

サイクリスト

『パンターニ~海賊と呼ばれたサイクリスト~』「まじめすぎた海賊」 パンターニDVD発売イベントで今中さんとマルコさんが語った

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
  • 一覧

 『パンターニ~海賊と呼ばれたサイクリスト~』のDVDとブルーレイの発売(6月25日)を記念したスペシャルトークショーが、6月16日にタワーレコード新宿店で開催された。ゲストに招かれた元プロ・ロードレーサーの今中大介さんと、Cyclistの人気コラム「つれづれイタリア~ノ」でもおなじみのマルコ・ファヴァロさんが、生前のマルコ・パンターニをめぐるエピソードや知られざる人物像についてトークを繰り広げた。

体重が軽かったマルコ・パンターニが坂を下るために編み出した「卵型」走法を今中大介さんが再現。サドルの後ろに胃をあて、お尻をホイールすれすれまで下げ、全身を丸める Photo: Kyoko GOTO体重が軽かったマルコ・パンターニが坂を下るために編み出した「卵型」走法を今中大介さんが再現。サドルの後ろに胃をあて、お尻をホイールすれすれまで下げ、全身を丸める Photo: Kyoko GOTO

昨秋公開の話題作

 山岳で圧倒的な強さを誇った伝説的なロードレーサー、故マルコ・パンターニ(イタリア)。小柄ながら攻撃的でエネルギッシュな走りで急勾配を駆け上がるヒルクライマーとして一世を風靡したが、その後、ドーピングの疑いがかけられ、イタリアの検察当局に追及される中、イタリアのホテルの一室でコカインによる急性中毒で死亡した。

1997年メルカトーネ・ウノへ移籍。ツール・ド・フランス 総合3位 (ステージ2勝)。ラルプ・デュエズの最速登坂記録をたたき出した ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.1997年メルカトーネ・ウノへ移籍。ツール・ド・フランス 総合3位 (ステージ2勝)。ラルプ・デュエズの最速登坂記録をたたき出した ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.
『パンターニ~海賊と呼ばれたサイクリスト~』のDVD発売記念トークショーの様子 Photo: Kyoko GOTO『パンターニ~海賊と呼ばれたサイクリスト~』のDVD発売記念トークショーの様子 Photo: Kyoko GOTO

 ドーピングスキャンダルの矢面に立たされ、絶望の淵に突き落とされたパンターニの“真実”に迫る本作は、2015年11月公開当時に多くの関心を集めた話題作だ。6月25日のDVD発売に先駆けて行われたこの日のトークショーにも、熱心な“パンターニファン”が会場に足を運んでいた。

並外れた野心と身体能力

パンターニについて「彼はまじめ過ぎた」と語るマルコ・ファヴァロさん Photo: Kyoko GOTOパンターニについて「彼はまじめ過ぎた」と語るマルコ・ファヴァロさん Photo: Kyoko GOTO

 イタリア人として活躍を見てきたマルコさんによると、「パンターニはとにかく野心が強く、真面目な選手だった」という。ベストパフォーマンスを出すために、練習メニューや食事、メカニックに至るまで自分で管理、徹底していたというエピソードを紹介。

 アマチュア時代に、速さだけではなく他の選手と自分の走りを比較して分析していたことが印象的でスカウトしたという「カレラ・タッソーニ」(当時)のダビデ・ボイファーバ監督の話など、数々の逸話を交えながら「勝利への執着が人の2、3倍強かった」と語った。

 その一方で、クラブ好きだったり、ケガの治療のため活動を休止していた1996年にジロ・デ・イタリアのテーマソングをラップで歌うパンターニの動画を公開するなど、イタリア人のみぞ知る?お茶目な一面も紹介した。

「パンターニは生きた証を残した」と語る今中大介さん Photo: Kyoko GOTO「パンターニは生きた証を残した」と語る今中大介さん Photo: Kyoko GOTO

 日本人選手として初めてツール・ド・フランスに出場した今中さんは、選手として見ていたパンターニの走りについて「とにかくアタックがすごかった。下ハン(ドロップハンドルの下の部分)を握ると低いフォームになるので、体幹が強かったり引き足がうまく使えなければ、あれだけのダンシングはできない。それができた選手は当時少なかった。アタックし続けることもすごいスタミナが必要だが、それも彼の回復力が尋常じゃないレベルにあったからできたこと」と優れた身体能力も持ち合わせていたことを紹介した。

走り抜けた激動の10年間

1998年、「ジロ・デ・イタリア」、「ツール・ド・フランス」のW総合優勝という偉業を達成 ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.1998年、「ジロ・デ・イタリア」、「ツール・ド・フランス」のW総合優勝という偉業を達成 ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.

 プロデビューした1994年にジロ・デ・イタリア総合2位、ツール・ド・フランス総合3位(マイヨ・ブラン獲得)。その翌年には交通事故による大けがで脚切断の危機に追い込まれながらも、2年後の1997年にはツールで復帰。ラルプ・デュエズでの最速登坂記録(37分35秒)をたたき出し、その圧倒的な強さとトレードマークだったバンダナスタイルから「IL PIRATA」(イル・ピラータ、海賊)の異名をつけられた。そして1998年のジロ、ツールで総合優勝という偉業を成し遂げる。

 しかし1999年、ジロの期間中、UCI(国際自転車競技連合)が行った検査で血液中に占める血球の多さを示すヘマトクリット値が52%と異常値を示した。当時は健康上の理由で15日間の出場停止となったが、いわゆるドーピングが疑われる値で、このときからパンターニに薬物使用のレッテルがつきまとい始めた。

1999年6月5日 ヘマトクリット値52%発覚。15日間の出場停止となる ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.1999年6月5日 ヘマトクリット値52%発覚。15日間の出場停止となる ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.

 その後もパンターニの部屋からインスリン注射器が発見されたと報じられたり、ツールへの出場権が得られない一方、相次ぐ裁判と戦いで選手生命が追い込まれていった。「薬物中毒者」というレッテルに自暴自棄になるようにコカインに手を出し、2004年2月、ホテルの1室で死亡しているのが発見された。34歳だった。

生きた証を残した人

2004年、マルコ・パンターニ死亡。享年34歳。彼の死を多くのイタリア人が悼んだ ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.2004年、マルコ・パンターニ死亡。享年34歳。彼の死を多くのイタリア人が悼んだ ©2014 NEW BLACK FILMS LTD. All Rights Reserved.

 死因については「自殺」とされているが、マルコさんによると「他殺」という報道もあり、いまなお彼の死は謎に包まれているという。ドーピング疑惑の発端となったUCIの検査についても背後に賭博との関連が疑われていることに言及し、パンターニの死後にデータがすり替えられた可能性も浮上していると説明。「イタリア人の中には、悪者と決めつけてかかるメディアや司法から彼を救えなかったという思いが根強く残っている」と語った。

 本作品に描かれたパンターニの半生について、今中さんは「自分という存在を示すのは難しい。そういう意味でパンターニは生きた証を示した人。幸せな状態になれた反面、地獄のような苦しみも味わってしまったが…」と同じ時代を生きた選手として思いを語った。

 マルコさんは「彼のレースには見ているこちらも引き込まれる力がある。彼の人生を語るには90分はちょっと短いですけど、ぜひ観てほしい」と最後を締めくくった。 

フォトギャラリー


現在募集中のイベント情報

関連記事

この記事のタグ

Cyclist的エンタメ観戦記

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

イベント情報:千葉競輪パワースポーツ講座

スペシャル

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載