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はらぺこサイクルキッチン<50>3度目の“超戦” 標高5416mを越えるネパールのMTBステージレースでの涙と笑い

by 池田清子 / Sayako IKEDA
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 2014年の「ヤックアタック」準優勝から、「勝つために」ネパールへと舞い戻った池田祐樹(トピーク・エルゴンレーシングチームUSA)。しかし今年、3度目の“超戦”(自分自身を超えるという意で、池田はこの漢字をあてています)は予期せぬ事態で優勝を勝ち取ることはできませんでした。レース続行すら危ぶまれた状況の中で、最後まで“超戦”できたのか、自分自身の何を超えたのか――。サポーターとしてもヤックアタックの厳しさ、魅力を実感してきました。

「ヤックアタック」に3度目の参戦を果たした池田祐樹(トピーク・エルゴンレーシングチームUSA)。標高3500m→4500mに上がる第6ステージ前には、標高順応日として休息日が設けられました。なんという絶景! Photo: Sayako IKEDA「ヤックアタック」に3度目の参戦を果たした池田祐樹(トピーク・エルゴンレーシングチームUSA)。標高3500m→4500mに上がる第6ステージ前には、標高順応日として休息日が設けられました。なんという絶景! Photo: Sayako IKEDA

咳をするのも激痛が走る損傷

スタートラインに現れた同行のクルマも熱烈な歓迎を受けました。ドライバーも含め、全員に赤い粉を眉間に付けてくれました Photo: Sayako IKEDAスタートラインに現れた同行のクルマも熱烈な歓迎を受けました。ドライバーも含め、全員に赤い粉を眉間に付けてくれました Photo: Sayako IKEDA

 8日間のステージのうち初日は1位、と好発進。2日目のステージは2位でしたが首位をキープし、「今年こそ」と意気込んでいたところへ、4日目のステージでハプニングが発生しました。レース中、道では何度も歩行者やクルマとすれ違いますが、この日は祐樹さんが首位を独走中、向かい側から歩行者のグループが歩いてきました。グループは祐樹さんに気がついて端に寄ってくれたのですが、「サンキュー」と言った直後、その中の1人が突然道の中央へ飛び出してきました。慌てて避けようとした祐樹さんとぶつかってしまい、バランスを崩した祐樹さんは宙を舞い、右のロックセクションに激突。右の鎖骨、肋骨、太もも、膝を激しくぶつけました。

第1ステージのスタート風景。29選手が一斉にスタート! Photo: Sayako IKEDA第1ステージのスタート風景。29選手が一斉にスタート! Photo: Sayako IKEDA
第4ステージ。祐樹さんのためにライダーたちが止まり、リスタートすることに Photo: Sayako IKEDA第4ステージ。祐樹さんのためにライダーたちが止まり、リスタートすることに Photo: Sayako IKEDA
第4ステージのアクシデント後すぐに医療スタッフが駆け寄り、診てくれました。鎖骨、あばら骨を大きく損傷。幸い骨折には至りませんでしたが、ヒビが入っていました Photo: Sayako IKEDA第4ステージのアクシデント後すぐに医療スタッフが駆け寄り、診てくれました。鎖骨、あばら骨を大きく損傷。幸い骨折には至りませんでしたが、ヒビが入っていました Photo: Sayako IKEDA

 ほどなく後者のライダーが到着し、歩行者の無事を確認したのですが…なんと相手は泥酔していたそうです。再スタートを切った祐樹さんは、そこからの上りをほぼ左足だけのペダリングで乗車してきました。私がカメラを構えて待っていた地点へ先頭のライダーが来た際には、「YUKIが大けがした」と教えてくれました。

第4ステージのアクシデント後は上りを左足のペダリングだけでステージクリア。翌第5ステージでは「胸が痛い…」と言いながら走っていました Photo: Sayako IKEDA第4ステージのアクシデント後は上りを左足のペダリングだけでステージクリア。翌第5ステージでは「胸が痛い…」と言いながら走っていました Photo: Sayako IKEDA

 私と同じ場所に医療スタッフも居合わせていたので、その場で応急処置を施してくれました。かなりきつそうな表情から、痛みが伝わってきました。本人から最初に出た言葉は「ごめん」でした。その後に続く言葉は口にせずとも分かっていました。祐樹さんのけがは、レース続行も難しいのではという状況でした。太ももは大きく腫れ上がり、階段の昇り降りや咳払いをする度にも痛みに顔を歪めていました。翌ステージ以降、バイクを担いでレースの最高標高地点5416mのソロン・ラを登山で越えるセクションも残されています。

 コースをデザインし、今大会も優勝者となったアジェ・パンディット・チェトリ選手(ネパール)が「第1ウォーターステーションまですぐだから、グループライドをして、給水後にそこから再スタートしよう」と提案し、それまでに集まっていた12人ほどの選手全員がニュートラルの形式で再び走り始めました。祐樹さんの手当を待っていてくれたのです。

アクシデントがあってから、毎日のように診察してもらいました。祐樹さんの表情からは悔しさが伝わってきました Photo: Sayako IKEDAアクシデントがあってから、毎日のように診察してもらいました。祐樹さんの表情からは悔しさが伝わってきました Photo: Sayako IKEDA
レースのコース監修に携わり、今回も総合優勝をしたアジェ・パンディット・チェトリ選手(ネパール) Photo: Sayako IKEDAレースのコース監修に携わり、今回も総合優勝をしたアジェ・パンディット・チェトリ選手(ネパール) Photo: Sayako IKEDA

 「優勝」の文字が消えた後、とても悔しがっている姿に私も涙。でも今シーズン最後のレース、第5ステージ以降も前を向いてやるしかありません。そもそも歩行者にぶつかってしまったことは、祐樹さんにも非があると思います。自転車は車両。幸い相手は無事でしたが、また同じようなシーンに遭遇した際、このような事を繰り返さないためにももう少しスピードを緩めるなど、落ち着いて横を通る配慮は不可欠です。「運が悪かった」では片付けられないことを学ばせてもらいました。

同行スタッフが徒歩で追うジープの通れない道

選手の後ろを走るコンパニオンカー。すぐ横は崖! クルマが通るのがやっとという道幅もありました Photo: Sayako IKEDA選手の後ろを走るコンパニオンカー。すぐ横は崖! クルマが通るのがやっとという道幅もありました Photo: Sayako IKEDA

 一方の私にも“超戦”が迫っていました。ステージ6および7はジープが通れない道のため、スタッフも同行者もレースと同じコースをハイキングで山を越えなければなりません。ステージ6は、標高約3500mのマナンという街から標高約4500mのソロングフェディまで上ります。事前にレース帯同ドクターから標高順応についての注意点などのミーティングも設けられ、希望者を対象に酸素濃度や血圧を計測してくれました。東京で99%だった酸素濃度は、標高約4500mのソロングフェディでは夫婦揃って73%にまで下がっていました。

 スタートしてみると、心身ともに限界まで疲労する長い長い旅でした。ハイキング中、あまりの疲労で補給食が食べられない経験もしました。高山病予防のためにも、補給食の代わりにスポーツドリンクをこまめに飲みました。陽も暮れかけ、ようやくフィニッシュゲートとそこで待つ祐樹さんの姿が見えたときには、あふれる涙を止めることができませんでした。

酸素濃度を測定中の祐樹さんと、帯同ドクター。標高約4500mのソロングフェディでは、酸素濃度が夫婦揃って73%にまで下がっていました Photo: Sayako IKEDA酸素濃度を測定中の祐樹さんと、帯同ドクター。標高約4500mのソロングフェディでは、酸素濃度が夫婦揃って73%にまで下がっていました Photo: Sayako IKEDA
マナンの朝の風景。もくもくとした湯気は、朝食を作っているからでしょうか Photo: Sayako IKEDAマナンの朝の風景。もくもくとした湯気は、朝食を作っているからでしょうか Photo: Sayako IKEDA

 昨年ヒルクライムレースに挑戦したときもそうでしたが、この感情は言葉にするのが難しいものですね。やりきったという達成感と安堵感、それまでの不安がいっぺんに押し寄せて、泣きながら笑うという全てが入り混じった感情。選手たちもこの感情に魅せられて、この極めてクレイジーなレースコースに立ち向かうのかもしれません。

 標高を体感したのもこの場所からでした。ハイキングで疲れ切った私は、ロッヂのベッドからしばらく動くことができず、医師が診に来てくれました。スタッフが温かいブラックティーとクッキーを持ってきてくれて、温かさが身にしみました。「明日のためにも食べなければ」と何とか夕食のスープを口にするものの、全て吐いてしまいました。翌日の徒歩による峠越えは難しいと判断し、峠までは馬に乗ることにしました。夜中も高山病に苦しめられ、浅い睡眠を取りました。

この大自然をバックに走るレース。みなさんも、いかがですか? Photo: Sayako IKEDAこの大自然をバックに走るレース。みなさんも、いかがですか? Photo: Sayako IKEDA
色んな感情があふれて、笑い泣き Photo: Sayako IKEDA色んな感情があふれて、笑い泣き Photo: Sayako IKEDA
ソロングフェディへ私の到着をフィニッシュゲート前で待ってくれてた祐樹さんの姿を見つけて、涙。私も何か達成できたかな。自分への“超戦”inネパール! Photo: Sayako IKEDAソロングフェディへ私の到着をフィニッシュゲート前で待ってくれてた祐樹さんの姿を見つけて、涙。私も何か達成できたかな。自分への“超戦”inネパール! Photo: Sayako IKEDA
ソロングフェディに到着して間もなく、美しい日没。間に合って良かった! Photo: Sayako IKEDAソロングフェディに到着して間もなく、美しい日没。間に合って良かった! Photo: Sayako IKEDA

馬上から見守ったバイク担ぎの峠越え

ソロングフェディから、標高5416mのソロン・ラの峠まで自転車を担いで登山する第7ステージ。朝4時のスタート時はまだ真っ暗。街灯もないので、ヘッドライトだけが頼り Photo: Sayako IKEDAソロングフェディから、標高5416mのソロン・ラの峠まで自転車を担いで登山する第7ステージ。朝4時のスタート時はまだ真っ暗。街灯もないので、ヘッドライトだけが頼り Photo: Sayako IKEDA

 翌朝は2時(朝と呼べる時間ではないかもしれませんが)に起床し、4時過ぎに選手を見送った後すぐに私たち同行者も同じ道を辿りました。こぼれ落ちそうな星空のもと、馬の鈴と先導人の声だけが鳴り響く、なんとも幻想的な世界でした。「ここに来られてよかった」と手綱を握りながら感謝の気持ちでいっぱいでした。馬は、急激な斜面や、すぐ横が崖で幅30cmほどの細い雪道も器用に歩いていました。

移動手段に馬を使ったのは人生初。意外にも、とても乗り心地が良かった。かなりの強風が吹き、体感気温はマイナス20℃ Photo: Sayako IKEDA移動手段に馬を使ったのは人生初。意外にも、とても乗り心地が良かった。かなりの強風が吹き、体感気温はマイナス20℃ Photo: Sayako IKEDA
馬の上から撮った、峠越え中の選手。過酷な環境下でも笑顔。すごい! Photo: Sayako IKEDA馬の上から撮った、峠越え中の選手。過酷な環境下でも笑顔。すごい! Photo: Sayako IKEDA

 標高5416mに向かって、かじかむ手を我慢しながらここでもこまめな給水を心がけました。ボトルまでのアクセスを良くしておくのが最大のポイント。バックパックの後ろポケットではなく、胸元に付けました。むき出しだと凍ってしまうので、保温性のあるボトルに、保温袋を現地で調達して使用しました。バックパックには、保温性に優れた水筒に入れた白湯も。どちらも大正解で、途中の休憩所では温かい白湯に生き返る思いでした。

ソロン・ラの峠まで登山をする池田祐樹。けがの痛みが激しく、昨年に比べて約1時間遅いタイムで登頂しました Photo: Sayako IKEDAソロン・ラの峠まで登山をする池田祐樹。けがの痛みが激しく、昨年に比べて約1時間遅いタイムで登頂しました Photo: Sayako IKEDA

 頂上での気温はマイナス15℃ほどでしたが、かけているサングラスが吹き飛ぶほどの強風に体感温度はマイナス20℃ほど。タイミング良く頂上で祐樹さんと会うことができ、記念撮影をしました。ここまでバイクを背負ってくる選手たちが信じられません…2度3度と毎年参戦に戻ってくる選手は本当にクレイジーだ!と感じました。

ソロン・ラの峠を越えたらすぐに下山。乗車開始です Photo: Sayako IKEDAソロン・ラの峠を越えたらすぐに下山。乗車開始です Photo: Sayako IKEDA

 その後は馬を降りてダウンヒルハイキング。途中アイスバーンや砂利に苦戦し、何度も転倒しながら11kmほど歩きました。休憩を何度も挟みましたがどうしても補給食を食べることができず「食べたほうがいいと頭ではわかっていても、体はどうにもならないことがある」と考えながら一歩一歩、自分のペースで進んでいきました。出発から7時間後、クルマに乗るポイントに到着しました。翌日、口内炎が2つもできたので、栄養が不足していたことを物語っていましたね。

 ひとつ後悔しているのは、峠にあったティーハウスでティーを飲みそびれたこと! レース主催者が「頂上で飲む紅茶は、恐らく今までの人生で飲んだこともないようなビックリするほど高い値段だよ。楽しんで!」と言っていたのが印象に残っています。値段の高さは標高に比例する!? でもこれ以上に心身共に温めてくれるティーは、他にないかもしれませんね。

ソロン・ラにあるティーハウス。標高だけでなく、ティーの値段も高いという噂!? Photo: Sayako IKEDAソロン・ラにあるティーハウス。標高だけでなく、ティーの値段も高いという噂!? Photo: Sayako IKEDA
ソロン・ラ頂上のティーハウスメニュー。結構メニューが豊富! Photo: Sayako IKEDAソロン・ラ頂上のティーハウスメニュー。結構メニューが豊富! Photo: Sayako IKEDA

峠をサンダルで越えるシェルパの体力の源

 前回紹介したダルバートは、ネパール市民はもちろん、ネパール選手を支える食でした。峠越えで驚いたのは、シェルパの体力。そんなシェルパの食事の中心は、やはりダルバートでした。

ずらりと並べられた全員のバッグを、シェルパが運びます。重さは1人20kgまでですが、中には結びつけて2つ持っているシェルパも Photo: Sayako IKEDAずらりと並べられた全員のバッグを、シェルパが運びます。重さは1人20kgまでですが、中には結びつけて2つ持っているシェルパも Photo: Sayako IKEDA
20kg程のダッフルバッグに、さらにバックパックを紐でくくりつけて出発するシェルパ。足にビニールサンダルという軽装で峠を越えるシェルパもいました Photo: Sayako IKEDA20kg程のダッフルバッグに、さらにバックパックを紐でくくりつけて出発するシェルパ。足にビニールサンダルという軽装で峠を越えるシェルパもいました Photo: Sayako IKEDA

 20kg以上の荷物に紐をかけ、頭と背中で支えてレースコースを歩いて持ち運びます。中にはそれらを結びつけ、2つ持っているシェルパも。若い青年から上は50代まで、代々シェルパの家に生まれ育ち標高を感じないという方もいました。彼らの中には、私が苦戦した峠を裸足にサンダルという姿で歩いている人もいました。雪道、泥道も待ち受けているのに…。

顔を覆うバラクラバというものが、暑い時も寒い時も、排気ガスと埃がすごい場所でも、とても役立ちました Photo: Sayako IKEDA顔を覆うバラクラバというものが、暑い時も寒い時も、排気ガスと埃がすごい場所でも、とても役立ちました Photo: Sayako IKEDA

 補給食はおろか、水も持っていないシェルパもいました。強靭な体力と精神力に頭が上がりませんでした。現実的な面では、彼らの日給は10ドルほど。チップも渡しましたが、朝3時から夕方まで過酷な道をとんでもなく重たい荷物を運んでこの金額なのです。物価が違うとはいえ、それだけで片付けられる感情ではありませんでした。彼らは皆、以前のように観光客が多く訪れることを望んでいました。

雲ひとつない青空と、真っ白な雪山 Photo: Sayako IKEDA雲ひとつない青空と、真っ白な雪山 Photo: Sayako IKEDA
全8ステージをフィニッシュした直後の池田祐樹。標高と疲労でに少し顔がむくんでいますが、昨年に比べると高山病はかなり軽度でした。表情も晴れ晴れ! Photo: Sayako IKEDA全8ステージをフィニッシュした直後の池田祐樹。標高と疲労でに少し顔がむくんでいますが、昨年に比べると高山病はかなり軽度でした。表情も晴れ晴れ! Photo: Sayako IKEDA

 レースでは、最終的に5位入賞を果たした祐樹さん。「こんな状況でも最後まで諦めなくてよかった」と言いつつ、すでに来年のスケジュールを確認しています。まさか……。でも「今まで出場したステージレースの中で最も過酷で最も魅力あるのがヤックアタックであり、ここネパールという場所。なぜか戻ってきたくなる」という祐樹さんの言葉に、私も首を縦に振っていました。人が優しく、自然が豊か。そしてダルバートが美味しい国。「来てよかった」と心から思いました。

 カトマンズに戻ってからは、今シーズンのレースが全て終わったということで、街を散策しつつ観光へも行きました。街では常温で肉(鶏、マトン)が売られている光景をよく目にしました。乾物などを扱う店もずらりと並んでいて、圧巻でした。

街角では目が合うとどこでも「ナマステ〜」とご挨拶 Photo: Sayako IKEDA街角では目が合うとどこでも「ナマステ〜」とご挨拶 Photo: Sayako IKEDA
自分へのお土産は、カレーを作るスパイスとマサラティー。日本でもネパールの味を楽しみたいです! Photo: Sayako IKEDA自分へのお土産は、カレーを作るスパイスとマサラティー。日本でもネパールの味を楽しみたいです! Photo: Sayako IKEDA
干物屋もありました。流通の問題や保存のため、魚は干したものをよく見ました Photo: Sayako IKEDA干物屋もありました。流通の問題や保存のため、魚は干したものをよく見ました Photo: Sayako IKEDA

◇         ◇

 さて次回は、2015年4月に起きた地震からの復興にネパール選手たちが貢献したストーリーです。今回、見た目にはかなり復興が進み、旅の間はその影響は特に感じませんでした。今のネパールと復興までの一部を紹介いたします。

全ステージを終えて、フィニッシュゲートの前で。私自身もここまで来られたことに、胸が熱くなりました Photo: Sayako IKEDA全ステージを終えて、フィニッシュゲートの前で。私自身もここまで来られたことに、胸が熱くなりました Photo: Sayako IKEDA
池田清子池田清子(いけだ・さやこ)

アスリートフード研究家。モデル事務所でのマネージャー経験を生かし2013年夏よりトピーク・エルゴンレーシングチームUSA所属ライダー、池田祐樹選手のマネージメントを開始、同秋結婚。平行して「アスリートフードマイスター」の資格を取得。アスリートのパフォーマンス向上や減量など、目的に合わせたメニューを日々研究している。ブログ「Sayako’s kitchen」にて情報配信中。

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