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つれづれイタリア〜ノ<51>ヴィンテージバイクで未舗装路を走るイベント「エロイカ」 日本版の「L’英雄」も大好評

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 昨年10月、イタリアのサイクリングイベントで起こった珍事件を、このコラムに書きました。そのイベントの名前は「L’Eroica」(エロイカ)。毎年、トスカーナ州キャンティ地方で行われ、5000人の定員に対し2万人以上が応募するほどの大人気。抽選から外れた人たちが“不正をしてでも”参加したくなるほどのイベントなのです。5月17日に開催された日本版エロイカ「L’英雄」にMCとして参加してきたので、今回はエロイカの魅力をたっぷりお伝えします。

日本版エロイカ「L’英雄」に参加した外国人ライダー。晴天の下で本栖湖の景色を楽しむ ©TOKYO VINTAGE BICYCLES日本版エロイカ「L’英雄」に参加した外国人ライダー。晴天の下で本栖湖の景色を楽しむ ©TOKYO VINTAGE BICYCLES

古い自転車に新たな息吹を吹き込む喜び

 エロイカは、スチールで作られたクラシックな自転車に乗って、その時代のジャージや衣装を身にまとい、イタリアが誇る美しい田園風景を楽しむサイクリングイベントです。数あるサイクリングイベントの中でも、エロイカの最大の特徴はコースにあります。

 それは、アスファルトの道路ではなく、キャンティ地方特有の未舗装道路「ストラーデ・ビアンケ」(白い砂利の道)を走ることなのです。エロイカでは、自転車も走る道路も歴史に忠実でなければならないと考え、あえて未舗装路をコースとして選択したのです。実際にヨーロッパでは20世紀のはじめまで舗装路は少なかったですし、多くの自転車が未舗装路を走るために作られていたことを思い起こすには、ストラーデ・ビアンケは最適な環境です。

自転車を降りて上るほどの厳しいアップダウンがあるイタリアの「エロイカ」 ©2014 L’Eroica - Ciclismo d’Epoca SSD自転車を降りて上るほどの厳しいアップダウンがあるイタリアの「エロイカ」 ©2014 L’Eroica - Ciclismo d’Epoca SSD

 コースは38km、75km、135km、209kmの4種類ありますが、この地方にはアップダウンが多く、209kmコースの合計獲得標高は3700m以上になります。このコースを古いクロモリ製の重い自転車で走ることは変速ギアが6枚以上あったとしてもかなり厳しいもので、相当な覚悟とトレーニングがなければスタート地点に立つことはできません。その前に運よく抽選にあたらなければならないのですが。

 「エロイカ」という言葉はイタリア語で「英雄的な大会」を意味します。完走者は「eroici(英雄たち)」としてその栄誉を称えられ、参加賞をもらいます。ちなみにイタリア語では、固有名詞である「エロイカ」の前に定冠詞の「L’」が付くので、現地での発音は「レロイカ」となっています。世界的には、文法や発音の違いを超えて、呼称は「エロイカ」に統一されています。

 エロイカは国際的な人気大会となり、2013年に初めての海外大会が日本で開催されると、イギリス、アメリカ、スペインにも広がっていきました。イタリアで生まれたイベントが世界中に飛び火するのには、コース設定以外にも魅力を引き立てる要因がいくつかあるからだと思います。

 それは景観の美しさ、エイドステーションでふるまわれる魅力的な地元のグルメ、タイムを競うのではなくクラシック自転車や衣装など楽しみに多様性があること、小さな町の広場を埋め尽くす3日間のフリーマーケット、そしてガレージに眠る古い自転車に、新たな息吹を吹き込んで走る喜びです。

レトロな自転車と服装でトスカーナ地方を駆け抜ける「エロイカ」。多くのファンを魅了するイベントだ ©2014 L’Eroica - Ciclismo d’Epoca SSDレトロな自転車と服装でトスカーナ地方を駆け抜ける「エロイカ」。多くのファンを魅了するイベントだ ©2014 L’Eroica - Ciclismo d’Epoca SSD

イタリアの行政を動かしたエロイカ

 イタリア、特にトスカーナ州の田園風景の美しさは、国内外の観光客から絶賛されています。ひまわりやブドウ園が広がるなだらかな丘の上に、歴史ある農家がひっそりと立ち、石灰岩でできた真っ白な砂利道の横に糸杉がきれいに並んでいます。実はエロイカは、この景色の美しさの保全に大きく関わっています。

 キャンティ地方は農業が盛んな地域で、特産はキャンティワインと牛肉です。人口が少なく幹線道路も通らないため、未舗装農業用道路がたくさんありました。アスファルト化しても経済的な効果の低い道路なので、開発が遅れた場所です。1997年に地元の37人のヴィンテージ自転車愛好グループが「この道を使ってサイクリングイベントを始めよう!」と思いついたことから、エロイカはスタートしました。

 やがて参加者は増え続け、10年後には世界的にも注目される草の根イベントとなりました。その頃、エロイカ誕生の地であるストラーデ・ビアンケにひっきりなしにやってくるサイクリストたちを見たシエナ県は、ストラーデ・ビアンケがもっている経済的な効果を認識し始めました。まずは道路沿いにエロイカのコースがわかる看板を設置。またコースの一部では砂利道をアスファルト化する計画がありましたが、それは見直され、現在も砂利道が残されています。

トスカーナ州キャンティ地方の美しい景観のなか、未舗装路を走る「エロイカ」の参加者たち c2014 L’Eroica - Ciclismo d’Epoca SSDトスカーナ州キャンティ地方の美しい景観のなか、未舗装路を走る「エロイカ」の参加者たち c2014 L’Eroica - Ciclismo d’Epoca SSD

 その後、2012年にシエナ県議会はストラーデ・ビアンケ保護法を成立させ、未舗装道路保全のため年間200万ユーロ(約2億8000万円)の予算を確保。エロイカのコースは今後も守られることになりました。現在はイタリアの国会レベルでも全国各地の未舗装道路を守る法案の審議が進められています。

 つまり、イタリアの地方政府は「未舗装路を含む景観の美しさ」がもたらす潜在的な経済効果に注目し、先人たちが何千年の歴史の中で築き上げた景観を壊さず、その価値を見直し、未来にむけて遺産として生かそうとしています。もちろん観光資源として将来にわたり内外のサイクリストをはじめとする観光客の集客に貢献することは確実です。

春のクラシックレース「エロイカ・プロ」も誕生

 2007年、ジロ・デ・イタリアの運営会社RCSスポーツは「ストラーデ・ビアンケ」という春のクラシックレースをスタートさせ、国内ではミラノ~サンレモ、パリ~ルーベと肩を並べるぐらいの人気のレースに成長しました。現在は「ストラーデ・ビアンケ エロイカ・プロ」という大会名になっています。

 そして昨年から、エロイカの代表的な参加者をミラノ・サンレモに招き、プロと同じ300kmのコースをレース前日から2日間かけて走らせるイベントも行われています。サンレモのゴールにプロ選手たちが到着する約20分ほど前に、クラッシック自転車に乗って当時のファッションに身を包んだエロイカサイクリストが、観衆の歓声に包まれながらゴールするのです。その様子は、イタリア中に中継されました。

外国人と女性サイクリストを引きつける「L’英雄」

 イタリア国外では初の公式イベントであるエロイカ・ジャパン「L’英雄」は、富士山の北側に位置する山梨県富士河口湖町で行われ、今年5月17日に第3回を迎えました。参加したのはおよそ200人。日本でも年々、参加者が確実に増えているそうです。

きれいな並木を満喫するイタリア人ライダー ©TOKYO VINTAGE BICYCLESきれいな並木を満喫するイタリア人ライダー ©TOKYO VINTAGE BICYCLES

 コースは33km、65km、91kmの3種類あります。今年、私はMCとして初めて参加しました。驚くことに、女性が多かったです。若い女性も参加していて、ヴィンテージバイクのファン層がここまで広いとは、想像以上でした。またさらに驚いたのが、外国人サイクリストの多さでした。このイベントは日本人に限らず、わざわざイタリア、ドイツ、アメリカ、イギリス、スペインなどから参加者がやってきます。

女性の美しいサイクリング姿 ©TOKYO VINTAGE BICYCLES女性の美しいサイクリング姿 ©TOKYO VINTAGE BICYCLES
ゴールしてくる女性たちの表情は笑顔ばかりです ©L'Eiyu (Eroica Japan)ゴールしてくる女性たちの表情は笑顔ばかりです ©L'Eiyu (Eroica Japan)
エイドステーションからは、富士山の壮大な姿が見られます ©L'Eiyu (Eroica Japan)エイドステーションからは、富士山の壮大な姿が見られます ©L'Eiyu (Eroica Japan)

 最初は「日本に未舗装道路はどこにあるの?」と純粋に思いました。沖縄の一部や日光にある杉並木でしか見たことがなかったからです。私は富士山の周辺をよく走っていますが、林道以外、未舗装道路を見たことがありませんでした。

 ところが、イベントの前に91kmコースの試走に行ってみると、たくさんの未舗装道路を走ることができました。バブルの乱開発の波を免れた場所がまだまだ残っていて、とてもうれしかったです。91kmのコースは、きつい上り坂の後に、富士山の壮大な姿が迎えてくれます。これは、日本人だけでなく、外国人を魅了する重要なポイントだと確信しました。

ストラーデ・ビアンケ(砂利道)を走るライダーたち。慣れない道と暴れる自転車に苦戦を強いられた ©TOKYO VINTAGE BICYCLESストラーデ・ビアンケ(砂利道)を走るライダーたち。慣れない道と暴れる自転車に苦戦を強いられた ©TOKYO VINTAGE BICYCLES

前夜祭は“自転車自慢大会”

土曜日のトレージャーライドから帰ってきた外国人ライダーたち ©TOKYO VINTAGE BICYCLES土曜日のトレージャーライドから帰ってきた外国人ライダーたち ©TOKYO VINTAGE BICYCLES

 イベントは2日間にわたって行われます。1日目にはトレージャーライドと前夜祭が行われました。トレージャーライドとはL’英雄でしか行わないイベントで、文字通りの「宝探しライド」です。河口湖の美しくても知られていないスポットを、ヒントを片手に自転車で探していく。これは外国人の間で特に人気で、このアイデアをイタリアに持ち帰りたいというほどでした。

 そして前夜祭。公民館でステージ、自転車スタンドが置かれ、自転車自慢大会が始まりました。私も写真や教科書でしか見たことがないような名車が、目の前にありました。イタリアのバイクが多かったのですが、日本の老舗自転車メーカー、ミヤタサイクルの古いフレームを外国人たちが熱心に眺め、ミヤタのスタッフと片言の英語で語り合っていました。

前夜祭前の会場の様子。多くのヴィンテージバイクが並んでいます ©L'Eiyu (Eroica Japan)前夜祭前の会場の様子。多くのヴィンテージバイクが並んでいます ©L'Eiyu (Eroica Japan)
前夜祭の開会式にも出席したマルコさん(右)。地元のおいしい日本酒がふるまわれました ©L'Eiyu (Eroica Japan)前夜祭の開会式にも出席したマルコさん(右)。地元のおいしい日本酒がふるまわれました ©L'Eiyu (Eroica Japan)

 会場では参加者が各パーツを眺めながら、当時の技術の高さを絶賛したり、古いパーツを入手することの難しさについて悩みを語り合ったりしていました。聞くだけで勉強になります。

 最後は地元の料理がふるまわれました。私の大好きな山梨特産のほうとうを、何杯食べたか覚えていません。

未舗装道路に苦戦しても「また参加したい」

 翌日も晴天に恵まれ、本番のイベントがスタートしました。スタートとゴールは「西湖いやしの里根場」という、伝統的な茅葺きの集落のすぐ前です。

スタートの様子。約200人がグループに分かれてスタート ©TOKYO VINTAGE BICYCLESスタートの様子。約200人がグループに分かれてスタート ©TOKYO VINTAGE BICYCLES

 まず参加者がエントリーをすると、厳しい車検が行われます。完走賞はヴィンテージバイククラスとクロモリ(ニューヴィンテージ)クラスに分かれるからです。記念撮影を経て、午前8時30分にライダーたちがスタート。10人ずつ会場を出て、それぞれのコースに向かいました。

小さなグループに分かれて疾走する参加者。前半はまだ易しいコースです ©L'Eiyu (Eroica Japan)小さなグループに分かれて疾走する参加者。前半はまだ易しいコースです ©L'Eiyu (Eroica Japan)
エイドステーションでの楽しいひと時 ©TOKYO VINTAGE BICYCLESエイドステーションでの楽しいひと時 ©TOKYO VINTAGE BICYCLES

 私はMCなので会場に残っていましたが、ライダーが出走した後も会場は賑やかでした。各スポンサーのテントがあり、限定グッズや自転車パーツが販売されていて、驚いたことに西湖いやしの里を訪れた多くの観光客が会場に足を運び、買い物をしたりしていました。L’英雄を知らなかった人も、会場に展示されていた自転車に興味深々でした。

 ゴールへ戻ってきたライダーたちは、コースの厳しさと慣れない未舗装道路の苦戦に文句を言いながら「来年もぜひまた参加したい!」と連発していました。これこそ聞きたかった言葉ですね(笑)。逆に、一緒に走れなくてとても悔しかったです。

やはり砂利道でパンクする人が出てきました。予備のタイヤはお忘れなく ©L'Eiyu (Eroica Japan)やはり砂利道でパンクする人が出てきました。予備のタイヤはお忘れなく ©L'Eiyu (Eroica Japan)
ゴールするライダーたち。絶好のサイクリング日和でした ©L'Eiyu (Eroica Japan)ゴールするライダーたち。絶好のサイクリング日和でした ©L'Eiyu (Eroica Japan)

 参加賞と自分の写真がプリントされた記念バッジが渡され、その後、西湖いやしの里の中でパスタパーティー(スパゲッティではなく日本の焼きそば)と閉会式が行われました。さまざまな抽選が行われ、うれしいサプライズとして、本場イタリアのエロイカとカリフォルニアエロイカへの参加資格が、それぞれ1人ずつプレゼントされました。

 イベントは最後まで和やかな雰囲気につつまれ、来年の再会をみんなで誓いました。このアットホームな感じがいいですね。

閉会式の前、パスタ(焼きそば)をおいしく食べる参加者 ©L'Eiyu (Eroica Japan)閉会式の前、パスタ(焼きそば)をおいしく食べる参加者 ©L'Eiyu (Eroica Japan)
いくつかのバイクが紹介された閉会式。新しい物から古い物へ。みんな面白いバイクばかり ©L'Eiyu (Eroica Japan)いくつかのバイクが紹介された閉会式。新しい物から古い物へ。みんな面白いバイクばかり ©L'Eiyu (Eroica Japan)

エロイカ・ジャパンは景観保全に貢献できるか

 現在、エロイカはカリフォルニア、イギリス、スペインでも開催されています。来年は、南アフリカも加わる予定です。世界中にエロイカの波は広がっています。

 日本に住んでいて、あることがわかりました。今まで日本は、アメリカ型の娯楽施設建設やリゾート開発を進めてきました。何もないところに箱モノを作って、人を呼び寄せるのです。

 アメリカだと、それでいいと思います。土地が広大で、人を呼ぶことで地域を活性化できるからです。ラスベガスやディズニーランドが典型的な例です。

 しかし、ヨーロッパでは、このようなリゾート開発はほとんど失敗しています。ユーロディズニーは慢性的な赤字と聞きます。日本でも、一部のスキーリゾートはゴーストタウンと化しています。

ヴィンテージバイクと日本の伝統家屋。絵になります ©L'Eiyu (Eroica Japan)ヴィンテージバイクと日本の伝統家屋。絵になります ©L'Eiyu (Eroica Japan)

 しかし、日本にはイタリアに負けないぐらい美しい景色や美しい村がまだたくさんあります。これをうまく生かせば、立派な観光資源になると確信しています。

 これからの日本の観光のあるべき姿は、箱モノばかりを作るのではなく、実在する美しい景観を保全することにシフトするべきでしょう。このサイクリングイベントを通じて、改めて考えさせられました。エロイカ・ジャパンも景観保全に貢献できればいいと思います。

 家に眠っている、古き良き自転車はありませんか? 来年、ぜひみんなでL’英雄に参加しましょう。

文 マルコ・ファヴァロ

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ

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