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サイクリスト

10年目の祭典が問う自転車界の未来新たな潮流とフロンティアを求めて 北米ハンドメイドバイシクルショー「NAHBS」レポート

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 今年で10回目を迎えたアメリカのハンドメイドバイクショー「NAHBS」(ナーブス)が、3月にノースカロライナ州シャーロットで開催されました。全米にとどまらず世界中からフレームビルダーが集結するイベントの模様、そしてアメリカにおけるハンドメイドバイクの現状について、ショーを視察したTKC Productions(ティーケーシープロダクションズ)代表の森本禎介さんにレポートしてもらいました。

オレゴン州ポートランドを本拠にする「Argonaut」(アルゴノート)によるディスクロードがベストオブショーを受賞。第10回にして初めてカーボンバイクが受賞したオレゴン州ポートランドを本拠にする「Argonaut」(アルゴノート)によるディスクロードがベストオブショーを受賞。第10回にして初めてカーボンバイクが受賞した

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ハンドメイドから生まれる新しい潮流

 第1回のナーブスは2005年にテキサス州ヒューストンで、ケンタッキー州のフレームビルダーであるドン・ウォーカーに働きにより、わずか23の出展社で700人の来場者を集めて開催された。その後、2008年にオレゴン州ポートランドで開催された第4回開催では、折からの世界的なピストブームにも乗って150の出展社と7200人の来場者を集めるなど急成長を遂げてきた。その後はリーマンショックなど時流の影響を受けながらも、自転車乗りが多く比較的安定した集客を見込める都市を回り続け、今年は3月にノースカロライナ州シャーロットで開催された。

2010年にオープンしたばかりのNASCARの殿堂2010年にオープンしたばかりのNASCARの殿堂
シャーロットコンベンションセンターはNASCARの殿堂と隣接しているシャーロットコンベンションセンターはNASCARの殿堂と隣接している
会場の全景。ほとんどのブースがこの写真に収まっている。日本のサイクルモードよりも規模は小さい会場の全景。ほとんどのブースがこの写真に収まっている。日本のサイクルモードよりも規模は小さい

 North American Handmade Bicycle Show、つまり直訳すると「北米手作り自転車展」だ。自転車フレームの製作とは、全自動のロボットが溶接から塗装まで全ての過程を担うのではなく、50万円の流麗なラグドフレームから、数万円の「中華」と呼ばれるカーボンフレームまで、今でも人間による煩雑な手仕事を要求する。そのため、厳密には世界中に存在する自転車フレームでハンドメイドではないものを探す方が難しいのだが、ここで言うハンドメイドとは、主に顧客の注文により仕立て上げられる、カスタムオーダーのことを指す。

ベストフレットブレイズド賞を受賞した「Ellis Cycles」(エリス サイクルズ)のファットバイク。HED製のカーボン製ファットリムにも注目ベストフレットブレイズド賞を受賞した「Ellis Cycles」(エリス サイクルズ)のファットバイク。HED製のカーボン製ファットリムにも注目
ベストフレットブレイズド賞を受賞した「Ellis Cycles」(エリス サイクルズ)のファットバイクベストフレットブレイズド賞を受賞した「エリス サイクルズ」のファットバイク

 フレームビルダーたちによる、大量生産ブランドへの挑戦状――アンチテーゼのようなムーブメントだと誤解される向きもあるかもしれないが、決してそうではない。ナーブスは既存の市場を否定することなく、市場に新しい潮流を生み出してきた。ファットバイクが、ブームを超えて一つの車種として確立されたのは、その好例だ。QBPというアメリカの有力自転車問屋が長年に掛けて「SURLY」(サーリー)というブランドを通じて喧伝し、タイヤやリムなどの規格を発明、そして具現化してマーケットで地道に問い続けた結果なのである。

 資金力に乏しい小規模なフレームビルダーには、タイヤやリムなど、莫大な資金を必要とする新しい規格の立ち上げは困難だ。今年のナーブスでは多数のファットバイクが出展されたが、これはビルダーたちが、リムやタイヤが豊富に流通するようになった恩恵を受けた結果だ。逆に大手のコンポーネントメーカーは、強い求心力を持つカリスマ的なフレームビルダーを頼り、彼らのバイクに自社のパーツが採用され、そして美しく写真を撮られて世界中に伝播されることを願う。つまり、互いに補完し合う、無くてはならない存在なのだ。

「ENVE」(エンヴィ)は数ブランドに発売前の29er用フォークを提供していた。写真は「Appleman」(アップルマン)「ENVE」(エンヴィ)は数ブランドに発売前の29er用フォークを提供していた。写真は「Appleman」(アップルマン)
「ENVE」(エンヴィ)は数ブランドに発売前の29er用フォークを提供していた。写真は「Independent Fabrication」(インディペンデント ファブリケーション)エンヴィの発売前の29er用フォークを付けた「Independent Fabrication」(インディペンデント ファブリケーション)

コンポーネントメーカーの競演

油圧ディスクブレーキのリコールでモーメンタムを失ったスラムは、新しいシクロクロス用コンポーネント、CX1を強力にプッシュ油圧ディスクブレーキのリコールでモーメンタムを失ったスラムは、新しいシクロクロス用コンポーネント、CX1を強力にプッシュ

 今年のナーブスでは、スラムが直前に発表したシクロクロス用のコンポーネント「CX1」が、「Alchemy」(アルケミー)、「ERIKSEN」(エリクセン)、「Engin」(エンジン)などのグラベルグラインダーやシクロクロスに組み付けられ、大きな注目を集めていた。マーケティングに秀でたスラムは、ただ単に自社のブースにクランクなどのコンポーネントをゴロンと置いておくだけのようなプロダクトローンチはしない。新製品を組み付けた最高のサンプルを、世界に見せつけてくれた。

 もちろん、われらがシマノだって大人しくスラムの後塵を拝した訳ではない。スラムは昨年末にロード用油圧ディスクブレーキがリコールとなった影響で、油圧ブレーキが装着されたシクロクロスバイクやグラベルグラインダーのコンポーネントは6870アルテグラが圧倒的に多かった。この辺りはMTBで油圧機構の長い歴史をもつシマノのアドバンテージだろう。

 カンパニョーロも、会場内でカンパニョーロ・アワードという8台の展示車両によるコンペティションを開催した。それぞれにQRコードが割り振られ、スマートフォンで撮影してどのバイクがベストなのかを来場者が投票してベストを決定する。このように、コンポーネントメーカーはフレームビルダーをサポートするという姿勢を強く打ち出している。

オレゴンの名手、「DeSalvo」(デサルヴォ)のチタン製グラベルロード。油圧ディスクブレーキはシマノの独壇場だったオレゴンの名手、「DeSalvo」(デサルヴォ)のチタン製グラベルロード。油圧ディスクブレーキはシマノの独壇場だった
かつてナーブスが開催された地、インディアナ州インディアナポリスの「Shamrock Cycles」(シャムロック サイクルズ)はカンパニョーロのコンポーネントに1"ヘッドを採用したシクロクロスを展示かつてナーブスが開催された地、インディアナ州インディアナポリスの「Shamrock Cycles」(シャムロック サイクルズ)はカンパニョーロのコンポーネントに1"ヘッドを採用したシクロクロスを展示

ナーブスというゴールドラッシュ

 ナーブスにはもう一つ重要な側面がある。それはフレームビルダーが事業を営むために材料や道具を調達するための“見本市”でもある、ということだ。19世紀アメリカのゴールドラッシュで財産を成したのは、金を実際に採掘した労働者ではなく、その労働者にジーンズなどを売った会社である、などと言われているが、ナーブスというゴールドラッシュにはフレームビルダー向けのブースも多く出展する。フレーム製作の際に必要なジグのメーカーである「Anvil」(アンヴィル)は、数多くのジグを展示し、さらにその上には素晴らしいカスタムフレームを載せてみせた。チュービングメーカーはもちろん、「Paragon Machine Works」(パラゴン マシン ワークス)などフレーム小物のブランドも含まれる。

「Anvil」(アンヴィル)のジグに載せられた「エリクセン」のチタニウム製ファットバイク「Anvil」(アンヴィル)のジグに載せられた「エリクセン」のチタニウム製ファットバイク
「Anvil」(アンヴィル)のジグに載せられた「Eriksen」(エリクセン)のチタニウム製ファットバイク。タイヤのクリアランスを計れるゲージに注目「アンヴィル」のジグに載せられた「Eriksen」(エリクセン)のチタニウム製ファットバイク。タイヤのクリアランスを計れるゲージに注目
「Abbey Bike Tools」(アビィ バイク ツールズ)は無骨ながらも所有欲を満たされそうなバイクツールを展示「Abbey Bike Tools」(アビィ バイク ツールズ)は無骨ながらも所有欲を満たされそうなバイクツールを展示
カーボンの魔術師、「Appleman Bicycles」(アップルマン バイシクルズ)のマット・アップルマン。ヘッドバッヂ、エンドに至るまで全てカーボンでフレーム製作を行うカーボンの魔術師、「Appleman Bicycles」(アップルマン バイシクルズ)のマット・アップルマン。ヘッドバッヂ、エンドに至るまで全てカーボンでフレーム製作を行う

 さらに、150ドルを払ってパスを購入すれば、著名なフレームビルダーが講師を務めるセミナーに参加できる。筆者はカーボンフレームで著名な「Appleman」(アップルマン)のマット・アップルマン氏のセミナーに参加してみたが、数十人の参加者のほとんどは現役フレームビルダー、もしくはフレームビルダー志望者だった。最後の質疑応答では、具体的に使用しているカーボンチュービング、エポキシ樹脂の銘柄など実践的な質問が飛び交い、驚くほど熱気をもったセッションになった。

 タンデムバイクなどで名高い「Co-Motion Cycles」(コー・モーション サイクルズ)のドワン・シェパード氏のセミナーは、ずばり「フレームビルダーからバイクカンパニーへ」というタイトルで、カスタムフレームに加え、納期が短くジオメトリーの決まったストックフレームをやりなさい、などブランドとして安定した基盤を築くためのヒントを教えてくれた。

 実はこの「基盤を築く」ために多くのブランドが試行錯誤しているのを伺わせるナーブスでもあった。例えば2008年のナーブスでは、製作に何カ月も要したであろう、量産を前提としていない、クラフトマンシップの塊の様な意欲的なコンセプトモデルを多く目にした。しかし、ここ数年はそうしたモデルが数を減らし、特に今年は、トレンドを捉えた手堅いモデルを多く見た。具体的には、ディスクブレーキのグラベルグラインダーやシクロクロス、ファットバイクに650BのMTBエンデューロなど。そしてカスタムオーダーで知られるブランドも、いわゆるツルシと呼ばれるストックフレームに力を入れている。

家族との時間、自転車に乗る時間を生み出すストックフレーム

ベストMTBを受賞した「Breadwinner」(ブレッドウィナー)のエンデューロバイク。650B径に44mm HT、ドロッパーポスト対応など最新トレンドを手堅く押さえる。フレームのみで1,895ドル~とストックフレームならではの価格は魅力ベストMTBを受賞した「Breadwinner」(ブレッドウィナー)のエンデューロバイク。650B径に44mm HT、ドロッパーポスト対応など最新トレンドを手堅く押さえる。フレームのみで1,895ドル~とストックフレームならではの価格は魅力

 ストックフレームとは、顧客のオーダーの要望にある程度沿いながらも、迅速なデリバリーを実現する考えだが、その成功例の一つが「Breadwinner」(ブレッドウィナー)である。トニー・ペレイラとアイラ・ライアンはそれぞれが独自のブランドでオレゴン州ポートランドを拠点にカスタムフレームを手掛けていたが、2012年のナーブスでブースをシェアしたのをきっかけに、翌年のナーブスでブレッドウィナーというブランドを共同でデビューさせた。

 現在のラインナップは車種を8種類に絞り、ストックのサイズとカラーを設定、カスタムはアップチャージとなる。多くのモデルはTIG溶接で仕上げられ、その分、価格はカスタムフレームに比べて大幅に安く、そして納期は数カ月にまで短縮される。写真のエンデューロモデルはベストMTBを受賞した。ここで言うエンデューロとはMTBの草レースで60分耐久、などと昔から使われている意味ではなく、ヨーロッパで大変な盛り上がりを見せている、下り基調ではあるものの上りが含まれる耐久ダウンヒルレースのことだ。ドロッパーポストのケーブルをフレーム内蔵とし、フロントは1枚、下りに対応するために寝かされたヘッドアングルを持ち、現在最も世界的に需要が高い1台なのは間違いない。

 よく言われることではあるが、アメリカ人は家族の時間を大切にする。さらにフレームビルダーであれば自転車に乗る時間も犠牲にすることはできない。ストックフレームの製作は、余裕のある他のフレームビルダーに多くのプロセスを外注し、本当に欲しいカスタマーや友人から手間の掛かるカスタムオーダーを月に1本程度受注し、その他の時間はライド、SNSでのプロモーション活動に励む。こんなスタイルを目指すビルダーが増えてきた。

ハンドメイドフレームを“宣教”

CEOのドン・ウォーカーからトロフィーを受け取る「Argonaut」(アルゴノート)のベン・ファーヴァーCEOのドン・ウォーカーからトロフィーを受け取る「Argonaut」(アルゴノート)のベン・ファーヴァー

 フレームビルダーたちが試行錯誤をしている中、ナーブス自体も大きく舵を切っている。2012年にカリフォルニア州サクラメントで開催された第8回をピークに、来場者も出展社も数を減らし、そのうえ今年は、多くのフレームビルダーの拠点を構える西海岸から、物流の悪いノースカロライナ州シャーロットを選んだ影響で出展社が激減。金融の街として古くから知られるシャーロットは、都市としてのポテンシャルは秘めているものの、決してサイクリストの街とは言えないため、来場者まで激減してしまった。

 シャーロットは今後、ポートランドのようなバイク・フレンドリーな街になることを望んでいると言われている。来年の会場であるケンタッキー州ルイヴィルも、2013年のシクロクロス世界選手権の誘致に成功した自転車志向の街だ。ルイヴィルも同じことを望んでいるのだろう。ナーブスのCEOであるドン・ウォーカーは、多くの出展社・来場者を集めることができビジネスとして成功が約束されたロサンゼルス、サンディエゴ、シカゴ、ニューヨークのような大都市を簡単には選ばず、敢えて“自転車的フロンティア”というべき小さな、しかし意欲的な街で、ハンドメイドフレームという種子を蒔くための宣教活動を続けている。一つの潮流を起こした彼の功績は、10年という一区切りで新たな局面を迎えている。

日本から「Sunrise Cycles」(サンライズ サイクルズ)が初出展し、驚きを与えていた日本から「Sunrise Cycles」(サンライズ サイクルズ)が初出展し、驚きを与えていた

 最後に、もし皆さんがオーダーを考えているフレームがあるなら、今、この瞬間に連絡を取ることをお勧めする。世界的に著名なカスタムフレームのブランドであっても、明日にも情熱を失ってフレーム作りを辞めてしまうかもしれない。可能であれば、来年のナーブスに足を運んで、実際に目で確かめ、ビルダーと言葉を交わし、その場でオーダーを入れるのも一興である。2015年は、3月6~8日の日程で、ルイヴィルスラッガーの故郷、ケンタッキー州ルイヴィルにて開催される。

(文・森本禎介 写真・hisanoriueda.com

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